「――ところで、絢乃さんはどうやってお帰りになるんですか? ハイヤーで? それともお迎えが来るんですか?」

 素知らぬ顔で僕が訊ねると、彼女は「そこまで考えていなかった」と答えた。
 大通りに出てタクシーをつかまえるから、どうにかなる。――彼女はそう言った。
 その「どうにかなるさ」という楽観的な考え方は嫌いではないが、万が一どうにもならなかったら、彼女は一体どうするつもりだったのだろうか? ……まあ、そうならないために、加奈子さんは僕に頼んだのだろうが。そして、僕が絢乃さんを見てデレーっと鼻の下を伸ばしていたことは、彼女には口が裂けても言えない。

 ――それはさておき。

自由(じゆう)(おか)までタクシーなんてもったいないです! あの……、僕の車でよければお送りしましょうか?」

 言ってから「しまった!」と思った。「もったいない」なんて、思いっきり庶民の感覚じゃないか!
 確かに、丸ノ内から自由ヶ丘までタクシー代は高くつく。が、絢乃さんならそんなこと気にしないはずなのに、貧乏くさいと思われたかもしれない……。僕はひとり、どっと落ち込んだ。

 でも、彼女が気にしたのは別の、それももっと重要な点だった。

「……え? でも貴方、車は――」

 彼女は僕がお酒を飲めないことを知らなかったので、飲酒運転はマズいのではないかと気にされていたようだ。
 そこで、僕が「下戸なので飲んでいない」と言うと、ようやく安心された。

「ああでも、立派な乗用車とかじゃなくて、軽自動車(ケイ)なんですけど。それでもよければ……」

 こんなことになると分かっていたら、自分のケイではなく父のセダン車を借りて来ればよかった。実家は僕の住んでいたアパートのすぐ近くだったのに。
 いくら何でも、絢乃さんを乗せるのにケイでは失礼すぎやしないだろうか? ……僕は何だかちょっと恥ずかしくなった。

 でも、彼女は嬉しそうにこう言ってくれた。

「ありがとう。わたしは軽でも全然構わないわ。じゃあ……お願いしようかな」

「はい! 安全運転で、無事にお家までお送りします!」

 嬉しさのあまり、僕が大真面目にそう宣言すると、彼女は声を上げて笑った。
 ……やっぱり可愛い。彼女はその小さな背中に、とてつもなく大きな運命(もの)を背負っているはずなのに、明るくて前向きだ。キリッとした大人の女性の表情をすることもあるが、素の彼女は本当に普通の女の子なのだ。
 僕はこの先、彼女の支えになろう。そのために、会社は辞めずに部署を変わろう。――本気でそう思い始めたのは、きっとこの時だった。彼女の笑顔に救われたから、今度は僕が……。

 あの決意があったからこそ、今の僕がいるのだ。