とりあえずホッとした僕は、彼女に元気になってもらうべく、次の行動に移った。すなわち――。

「――絢乃お嬢さん、デザート召し上がりませんか? さっき見た時、ビュッフェテーブルに美味そうなフルーツタルトがあったんですけど」

 彼女に、美味しいデザートを食べて笑顔になってもらうことだった。……実は、僕も一緒に食べられたらいいなぁと思っていたり、いなかったり。
 
「そう言うってことは、ホントは貴方が食べたいんじゃない? 桐島さんって甘いもの好きなのね」

 彼女は僕の思いがけない提案に、クスッと笑って僕をからかってきた。予定外に彼女の笑顔を見られたのはよかったが、この提案はヤブヘビだったかもしれない。僕がスイーツ男子だということが、彼女に思いっきり知られてしまったのだから。

「ハハハ……、バレちゃいました? 実はそうなんですけど、男ひとりで食べるのは勇気が要るんで……」

 図星を衝かれた僕は、頬を掻きながら苦笑いで答えた。
 大人の落ち着きで接していたかったのに、「子供っぽい」と落胆されただろうか? ――僕のそんな()(ねん)とは裏腹に、彼女は僕の提案に快く乗ってくれた。

「じゃあ……、わたしもお付き合いしましょうか」

 彼女がそう言ってくれた時、僕は内心小躍りせんばかりだった。彼女は僕と一緒にビュッフェテーブルまで行ってくれ、ご自分の分のお皿はご自分で取ってくれた。
 お嬢さまだから、僕に「取ってきて」と言うかと思っていたのだが。お高く止まらないのは、ご両親の教育方針がよかったからだろうか。

「――お嬢さん、どうですか? 美味しいでしょう?」

 テーブルに戻り、美味しそうにフルーツタルトを一口食べて顔を綻ばせている彼女に、僕はそう話しかけてみた。彼女は「これなら食べられそう」と満足げだった。
 僕はもう半分くらい食べていて(総務課は忙しいので、自然と食べるスピードが速くなってしまったのだ)、彼女が嬉しそうにフォークを動かす姿を眺めながら、「可愛いなぁ」とほっこり和んでいた。

「ところで桐島さん。わたしのことを『お嬢さん』って呼ぶの、いい加減やめてくれないかしら?」

 タルトを半分近く食べてから、彼女が少々ムッとした顔で僕にそう言った。
 この呼び方は、まずかったのだろうか? 雇い主の令嬢だから、この呼び方が一番無難だと思っていたのだが。彼女は「お嬢さん」と呼ばれるのがイヤだったらしい。

「……すみません。分かりました。じゃあ……、〝絢乃さん〟ってお呼びしてもいいですか? ちょっと()れ馴れしすぎでしょうかね?」

 僕は彼女のご機嫌を伺いつつ、提案してみた。これでもイヤだと言われたら、完全に彼女から嫌われそうだった。
 でも僕の方が八歳も年上だし、〝さん〟付けしているだけまだ敬意は払っていると思う。呼び捨てにするよりはまだだいぶマシだろう。