「そうなの。……うん、確かに貴方、頼まれたら断れないタイプに見えるわ」

「…………」

 それに対しての彼女の評価は、ズバリ当たっていた。
 確かに僕は、課長の命令(もはやこれは、〝頼み〟という次元の話ではなかった)に「イヤ」と言えずにあの場にいた。そして、そんな横暴な上司も嫌だったが、それ以上に「イヤ」と言えない気弱な自分も嫌でたまらなかった。

 それでも上司と会長、どちらの顔も潰すわけにはいかず、一応は義理を果たすためにああして命に従ったのだが。実は源一会長があんなことにならなければ、僕はあの日、退職させてもらえるよう彼に(じか)談判(だんぱん)するつもりでいたのだ。
 会長に、社員の人事をどうこうする権限があるのかどうか分からなかったが、少なくとも会長から人事部へ話は通してもらえたはず。でも、予定が狂ってしまった。僕はこれからどうすればいいのだろう……?

 もし彼女に出会っていなかったら、僕はきっと途方に暮れていたか、もしくはこんな会社にさっさと見切りをつけて辞めてしまっていただろう。僕は彼女の存在に、少なからず救いを見出していたのかもしれない。

 彼女は僕に、「パワハラに苦しめられてるなら、労務に相談した方がいい」とごもっともなアドバイスをしてくれた。
 彼女に出会う前の僕なら、すぐに反発していただろう。「それができないから、困ってるんです!」と。でも他人事ではなく、まるで家族を心配するような言い方だったので、僕は不思議と素直に彼女の言葉に頷けた。

「でも、今日はむしろ出席してよかったと思ってます。絢乃お嬢さんや加奈子さんとお話しする機会なんて、こういう場でもなければめったにありませんし」

 これは僕の本心であり、そしてほんの少しの下心もあったのだと今は思う。
せっかくなら、この縁をもっと深くして彼女との距離をより縮めたいという願望。……まあ、彼女は男性に免疫がなかったらしく、それには気づいているのかいないのか分からなかったが。
 
 心なしか、彼女の顔が赤かったような気がするのは僕の気のせいだったのだろうか。その謎は今もって謎のままである。

 ほんのちょっと、彼女を困惑させてしまったかもしれない。「ヤベっ」と思った僕は、とっさに話題を変えた。一足早く帰宅された源一会長の容態が心配になってきたのだ。

「――そういえば、お父さまは大丈夫ですか? さっきお倒れになったでしょう?」

 打って変わってシリアスな話になり、彼女も僕が本気でお父さまの体調について案じているのだと理解してくれたらしく、僕に本音を打ち明けてくれた。

「ええ、そうなの。母に付き添われて、早めに帰ったんだけど……。パパは最近、具合が悪そうだったからわたしもママも心配してて。でもまさか倒れるくらい悪かったなんて……」