「なにこれ」

 よろず屋に行ってみると、カウンターの前に置いてあるものが、とても存在感を出していた。

 檻。

 金属の格子で作られた檻で、私が入るにはちょっと小さいくらいの大きさだ。
 棒のしっかりした太さや、出入り口のようなところに立派な錠前がかかっているところが、檻を思わせた。

 なにより、どこか遠くを見るような目で中にいるスライムさんが、特別なものの中にいる、と感じさせる。

「ああ、えいむさん、ですか……」
 スライムさんは、ぼんやりと私を見た。

「スライムさん、どうしたのこれ」
「つかまってしまいました……」
「誰に」
「ぼくに」
「はい?」
「ぼくは、つまみぐいをしてしまいました……」
 スライムさんは、しゅんとした。
「どういうこと?」

「ぼくは、きょう、やくそうをたべないようにしよう、ときめたのです」
「うりものだからね」
「そうです! うりものだからです! ……なのに、ちょっと、かじってみてしまいまして。きれいで、あおあおとしていたので。あおあおと」
「青々と」
「そうです。あおあおとして、しんせんでした!」
「よかったね」

「はい! でも、これはいけないことです! じぶんでやったらいけないときめたのに、やってしまいました!」
「だから檻に入ったの?」
「そのとおり!」

 スライムさんが、びしっ、と私を見た。

「これは、ばつなのです……!」
 スライムさんが、しゅん、とした。
「そうなの。いつまで入ってないといけないの?」
「それが……。もういいかな、とおもったのですが、かぎが、ないのです」
「カギ? 檻の?」

 私が言うと、スライムさんはうなずくようにして、上半身をまげた。

「私が持ってきてあげようか?」
「ふっふっふ。そもそも、どこにあるのかわからないんですよ!」
「こらこら、ちゃんと整理整頓してなかったの?」
「せいりせいとんはしてます! しているところは、ね!」
 スライムさんが、びしっ、と私を見た。

「してないところにあるんだね」
「そのとおり!」
「でも、その檻、すき間から出られるんじゃないの?」

 檻の金属棒は、人間などの動物だったら捕まえて置けるような幅だ。
 形を自由に変えられるスライムさんなら、するりと抜け出ることができそうに思うけれど。

「ふっふっふ。えいむさん、ふちゅういですよ」
「え?」
「ぼうと、ぼうのあいだを、よくみてください」

 私は言われたとおり、檻の棒をよく見た。
「あ」
「そうです。じつは、とうめいな、いたが、はいっているのです」
 檻は棒の間が透明な板でふさがれていて、爪でさわってみると、かつん、とかわいた音がした。

「かんさつりょくが、たりませんね」
 ふふふ、とスライムさんが笑っていた。
 どっちがだ、と思ったけれども、スライムさんが落ち込みそうなので言わなかった。

 うーん。
 でも、これはやっかいだ。

「壊せないの?」
「とてもがんじょうですからねえ」
「そっか」
 私は檻をつかんでみた。
 透明な板のせいで棒をつかめないし、とても重くて持ち上げることすらできない。
 ゆらしてみるのがせいいっぱいだった。

 思い切り力を入れても、ぐら、ぐら、とゆれるだけで……。

「ん?」

 檻がゆれると、端がちょっと持ち上がるのだけれども。
 浮いている?

 よく見ると、檻の下の部分はなくて、スライムさんがいまいるのは、お店の床の上だ。
「ねえスライムさん。この檻って、床はないの?」
「かぶせてあるだけです!」
「だったら、私が傾けてる間に、すき間から出られない?」
「! なるほど!」


「いくよー」
 私が力をこめて檻を傾けると、スライムさんが、にゅるり、と床と檻のすき間から出てきた。
 私は檻を元通りに置く。

「スライムさん、気をつけてよね」
「ふふふ。これは、えいむさんの、かんさつりょくをきたえるために、じっけんをしたのです!」
 スライムさんが、びしっ、と私を見る。

「スライムさん?」
「ありがとうございました」
 スライムさん、ぺこり。

「素直でよろしい」
「1まんごーるど、さしあげます!」
「いらないよ」
「ではどうやっておれいをしたらいいんですか!」
「なんで怒ってるの!」

 まったくもう。
「じゃあ、売り物にならない、捨てる薬草とかあったらちょうだい」
「わかりました!」

 それから私は、スライムさんが持ってくる青々とした新鮮な薬草を返して、ちゃんといらない薬草を自分で選別した。二度手間だ。
「まあ、でも、スライムさんが自分でちゃんとしようと努力した結果だしね」
「なんですか?」
「なんでもなーい」