吾妻橋の中間地点は、まさに、阿鼻叫喚の様相だった。
 天狗たちは空に浮かんで団扇を扇ぎ、火や暴風雨を送ってくる。
 先導しているのは、永久花だ。

「星夜を殺してしまいなさい。わらわに恥をかかせて。星夜を殺せ!」

 物騒なことを言いながら、永久花は天から矢のような光を注ぐ。禍々しい紫色をしたその光ひとつひとつが、本物の矢のように、橋を貫き、鬼神たちの身体をも貫こうとした。
 でも、鬼神のほうも負けていない……。

 鬼神のみなさんは、普段の温厚な様子からは想像もつかないほど殺気立って、牙を剥いて相手に掴みかかっている。球体を作り出しては投げるひと、剣を用いるひと、素手で相手をちぎっては投げていくひとなど、戦い方のスタイルは千差万別。

 夕樹も戦っている……。
 宙に浮いている水と流と零も、見つけてしまった。

 私は、鬼神のみなさんに紛れ込むかたちで、橋の真ん中を目指した。
 素早く……素早く……。
 いずれは見つかってしまうだろうけれど。
 一刻でも早く、その時を遅らせて――星夜のそばへ、まっしぐらに!

 途中で、夕樹と目が合った。
 彼女はこんなときでも、がんばって、と口の動きと表情で伝えてくれて――。
 うん、と私はうなずき返したのだった。

 そして、橋の真ん中――戦場の真ん中では。
 星夜が。
 ゆらめく陽炎のように――立っていた。
 黒い羽織の背中を見せて。

 他の鬼神のように、興奮した様子には見えない。

 でも、この場で明らかに、星夜の殺気が一番強かった。
 全身と心に響く殺気……。
 ……近づくだけで、殺されてしまいそうな。

 星夜は静かに、ただ静かに、そこに立ったまま――彼の何倍、いや何十倍も大きな紅い炎を陽炎のようにゆらめかせ、近づく天狗たちを生きたまま焼いては川に放り投げていた。

 燃える夕焼け空を、夜の闇が侵食している。
 そんな空を背景にして。真っ赤な吾妻橋の真ん中で。
 風が吹いて。黒い羽織を、はためかせて。

 ただそこに在るだけで周りを焼き、突き落とす。

 ぞくっとするほど……いまの星夜は、ひとならざる、あやかしだった。

 戦いにとりつかれた、黒き修羅――そのもののようで。

 星夜に出会う前の私だったら。
 おそろしいとしか思わずに、このまま引き返していただろう。
 あやかしはやっぱり怖いと、そんなことさえ思ったかもしれない。

 けれど。
 私には……わかる。

 このひとの背中は、おそろしい修羅のすがたかたちをしているけれど。
 ……とっても、さみしそうだ。
 かなしそうだ――いまにも、吹き飛んでしまうのではないかと思うほど、儚い。