「できた!」

 山華が、飛び上がる。
 夕樹と氷子もはしゃいで喜んでくれた。

 人間の姿の自分はすぐに思い描けたから、戻るほうは簡単だった。
 一度できてしまえば――二度目、三度目は、そう苦労せずにできた。

 いつでも、自分の意志で犬に変身できるようになったのは――本当に、不思議な気分だ。

 そして、明日に天狗族との戦いを控えた日――。
 最後の最後に黄見さんに呼ばれて、暮葉さんがやってきた。

 結界のなかに、私と黄見さんが二人でいるのを見ると、心底驚いたように目を見開く。

「どういうことでしょうか?」

 黄見さんの説明を聞くと、暮葉さんはため息を吐いた。

「黄不本意ながら、まったく気づきませんでしたよ。星夜様も気づいておられませんでした。夜澄島で星夜様に気づかれずに動けるのなど、黄見さんだけでしょうね」

 はあ、と暮葉さんは更に深いため息を吐いて――。

「しかし……賭けではないのですか。歌子様を、よりによって、天狗族との決戦の場に出すなんて……」
「いいえ。いまの歌子様は、七日前の歌子様とは違います。宝剣で敵を攻撃し、敵の攻撃を素早くかわし、何より星夜様の霊力を高めることがおできになります。お強いですよ。いざとなればご自身で人間の御姿に戻ることもできます」
「歌子様がそこまで頑張られたのは……驚きですが……」
「……すべて星夜様のためになされたのですよ」

 黄見さんの言葉は、シンプルだったけれど――だからこそ、私の心にしみた。

「鬼神族の長たるもの、弱みを持ってはならない。であれば、歌子様を追い出すほかないと、ずっとおっしゃっていたのは黄見さんではありませんか」
「そうですね。歌子様があのまま、弱きまま、夜澄島を去ろうとすれば、あたくしは考えを変えなかったでしょう。……強くなりたい。鬼神の子らも、みなそう強く願うものです。七日前。歌子様の瞳には同じ光がありました。だからこそ、あたくしは賭けてみたいと思いましたの。歌子様に。……星夜様の弱みであった御方は、強みとなりうるのか」
「しかし――鉄の掟は、先代が護られた、代々続く掟です。歌子様に、このまま夜澄島にいていただくのですか? 代々の一族の想いを裏切ってでも?」
「……暮葉さん。ご存じでしょうけれども、あたくしはいま鬼神族でもっとも年長の者となってしまいました。あたくしよりも年上だった先代も、すでにこの世にはいらっしゃいませんから。代々の一族の想いは……あたくしは、よく存じておりますよ……もう思い出せないほど遠い、幼き日よりずっと、ここ、夜澄島で感じてきたのですから」

 暮葉さんは、黙り込む。
 彼にしては珍しく、うつむき、葛藤をあらわにして――。

「それで……いいのですか……黄見さんは。あれほど、先代の想いを大事にされてきたのに」
「先代の想いとは、常に鬼神族が強く在ること」

 黄見さんは長いまつ毛を伏せて、歌うように語る。

「きっと歌子様が新しい時代を見せてくださいましょう。そうでなければ――実家にお帰りいただくのみ」

 ……決戦は、明日。
 怖くないと言えば、もちろん嘘になるけれど。

 私はずっと星夜と一緒にいたい。
 離れたくなんかない。

 そのためになら、強くなれた。
 そのためになら、犬の身体で戦えた。

 そして、だれにも言ってはないけれど。
 もうあのひとに、私はひとりで戦ってほしくない。

 もう、あなたをひとりにはしない。
 争うことが嫌いなのに、修羅の道をこれからも進まねばならないのなら。
 せめて、私がそばにいる。

 ……私が自身の呪いを受け入れられたように。
 今度は――星夜の修羅の道を、私が一緒に進もう。