そして、私は、人間の姿に戻った。

 犬の耳と尻尾は、残っているけれど……。
 やっぱり人間の身体は、自由でいい。
 言葉をしゃべれるし、指も使える。

 その日も来てくれた夕樹に、私は改めて、言葉で謝った。

「本当にごめんね、夕樹……私のせいで」
「そんな、ほんと、歌子が悪いわけじゃないよ。謝るのはこっちだから」

 本当に、素敵な友達を持った。
 夕樹は私をまったく責めてこない。
 本心から心配してくれているのがわかる……。

 そんな夕樹だから、だろうか。
 私は……格子ごしに膝を丸めて、口を開いた。
 ついでのように、尻尾も耳も丸まっちゃうけれど……もうこれは、しょうがない。

「夕樹はさ……強いよね」
「ええっ、どうしたの、いきなり」
「特殊能力の授業でも、いつも飛びぬけて一番だし。みんな、天狗たちですら……夕樹にはかなわないって思ってるし。私も知ってる……夕樹って本当に、すっごい、力持ちで」

 尋常ではない力を持つ、あやかしの夕樹が――私は、うらやましかった。

「夕樹は……戦場で戦って、役に立てるから」

 私と、ちがって。
 星夜の、役に立てるから――。

 抱えている膝頭の服の布を、ぎゅっと掴む。
 声が……震えないように、必死だった。

「いやー……でもさ、ほとんど生まれつきだからなあ、これって。僕がなんか、力持ちになるために頑張ったわけじゃないんだよ」
「そうなの?」
「これは、鬼神たちが子どものころから教えられることなんだけど。鬼神族って結局、争いの一族でね。だから大抵の鬼神は、生まれるときに争いに役立つ才能が与えられてるんだって。お兄ちゃんや黄見さんみたいに、戦闘はあんまり強くないひともいるんだけど、お兄ちゃんは駆け引きがうまいし黄見さんは結界を張れるし、結局みんな争うのに必要な力を持って生まれてるんだよね。僕はそれが単純な怪力だったってだけ」
「そうなんだ……」

 だけど――だとしても。

「でも、すごいよ。かっこいいよ。生まれつきの才能だとしたって、夕樹はそれを使いこなして。みんなから認められて。自分の身は自分で守れて。他のひとを守ることもできて……」

 私は思わず――膝に、顔をうずめた。

「私も、強くなりたいよ……。どうすれば、私は強くなれる?」

 自立したいって、ずっと思っていた。
 その願いは、根本は変わらないまま、だけど、変化していた。

 強くなりたい。
 自分の足で、立てるような人間になりたい。
 ……犬である自分さえ、受け入れて。

 そして、役に立てるような──星夜の隣で生きられるような、私になりたい。

「歌子……」

 夕樹は格子ごしに、私の肩をぽんぽんと叩いてくれた。

「歌子は……強いよ」
「そんなこと……」
「ううん。心が強いし……それに歌子は、たぶん……」

 夕樹は、なにかを言いかけたのだけれど――。

「……僕が言うより、ちゃんとしたひとに言ってもらったほうがいいかも。僕だと……ちゃんと説明できる自信もないし……。きちんと確かめてもらったほうがいいし。ちょっと待ってて。呼んでくるから――」
「えっ……なんのこと?」
「すぐに戻ってくるから!」

 しかし。
 しばらく経って、現れたのは――夕樹ではなくて、黄見さんだった。