私はそのまま、完全な犬の身体の期間を全部、地下室の檻のなかで過ごした。
 お世話をしに来るのは、黄見さんと、あと何人かの鬼神のひとたちだった。黄見さんが鍵を開けて、他の鬼神のひとたちが私のお世話をしてくれる。
 お水もごはんもたっぷりもらえて、いつも清潔な環境にしてもらったけれど……。

 星夜は、来なかった。
 だから……あのお手製のお粥を食べることもなく。
 高級ドッグフードを、私は与えられたのだった――とっても美味しいはずのごはんなのに、味を感じることができなかった。

 犬用のおもちゃで遊ぶ元気も、タブレットで暇つぶしの動画を見る元気もなかったけれど……ちょっと甘い味のする骨ガムだけは、よく噛んだ。
 ほんの少しだけ……気が、紛れる気がして……。

 こんなに鬼神のみなさんに迷惑をかけておいて、こんな風にお世話をしてもらっている自分が、情けなくて、恥ずかしくて、一刻でも早く人間に戻りたかった。

 状況は、大きく変わった。
 何人かの人たちが、私のもとを訪れて、格子ごしに話をした。

 まずは、暮葉さん。
 暮葉さんは真っ先に私のところに来たので、私の身体はまだ完全な犬だった。

 なぜ星夜が来られないのか、その説明をしてくれる。
 いま、星夜は天狗たちに宣戦布告し、戦うために力を高めているところなのだという。
 殺意を鋭くすることで、修羅の鬼神としてより強くなる――私と会うとその殺気が緩んでしまいそうで、会いに来られないということだった。

「申し訳ない、と星夜様はおっしゃっていました。……あのお方がはっきりと言葉にして謝られるのは、大変珍しいことです」

 戦いは、およそ十日後。……台東区(たいとうく)墨田区(すみだく)にまたがる、吾妻橋(あづまばし)にて。
 既に日本政府には報告済みで、日本政府も了承しているという。

 そうだ……これも、社会の授業でも習った、社会のいわゆるひとつの常識。
 怪異人間和平条約に基づいて、あやかしたちは戦争をするとき、政府に報告することになっている。
 そうすれば政府は人間たちを逃がすこともできるし、人的被害を出さず、物的被害も最小限に抑えられる。破壊された建物や経済的被害については、あやかしたちが弁償する。その条件で、政府は、あやかし同士の争いを容認する。

 あやかしたちに争いをやめさせることは、人間たちにはできず――こうした折衷案を取り付けるだけでも、大変な苦労の歴史があったのだという。

 社会の授業で、ぼんやり聞いていたことが……。
 こんなに身近になる日がくるなんて、思わなかった。