夜澄島に戻るなり、私は地下室の檻に入れられた。
 広くて、清潔で、犬用のマットやソファ、デジタルメモや犬のおもちゃも運び込まれていたけれど――。

「すまない。本当は、こんなところにおまえを閉じ込めたくはないのだが……ここが夜澄島で一番安全だ。天狗たちは空を飛ぶから、地下だと尚更安全だろう。あいつらは歌子をさらいに来る可能性がある……俺が天狗を滅ぼすまでは、ここにいてもらえないか」

 それは、かまわない、けど……。

「これまで歌子の世話は夕樹に任せてきたが、これからは黄見をつける。そのほかにも、戦闘能力に長けた者が常駐しておくようにする」

 格子の外では、いまも三人の鬼神のひとが控えていた。

「何か不自由なことがあったらすぐに伝えるといい。……鍵は黄見に持たせておく」

 私はデジタルメモで、こう書いた。

『ゆうきが信じられない?』

「ああ、いや……そういうことではない。歌子を守り切れなかったのは……俺の責任だ。悪いのは天狗と俺の弱さであり、夕樹ではない」

 決して、星夜の弱さのせいなんかでもないと思うけど……。
 ほっとした。
 夕樹が、もし私のせいでつらい目に遭ってしまうのだとすると、申し訳なかったから……。

「そうではなく、物を守るのは黄見がもっとも適任なんだ。交渉の能力であれば暮葉、腕力であれば夕樹……と鬼神族はそれぞれ得意分野が違っている。黄見は、戦闘そのものにはあまり秀でていないが、結界を張る能力がある。……これは黄見の固有の能力だ」

 そうだったんだ……。
 結界――それなら、ここの鍵も守ってもらえる、のかな。

「歌子を守るため、ここに入れておく。……不自由な思いをさせてしまって、本当にすまない。歌子」

 星夜は格子ごしに、私の顎を撫でた。

「おまえを、今度こそ俺は守る」

 私はその手を、ぺろぺろ舐めた。
 ……星夜の表情が、ちょっとだけ緩む。

「ありがとう。おまえは優しいな」

 星夜こそ――と言おうとしたけれど。
 デジタルメモのペンをくわえる前に、星夜は、立ち上がって階段を上っていってしまった。
 私と見つめていたときの優しい顔とは違う。とても、厳しい横顔で――。

 ……星夜がいなくなると。
 急に、恐怖がしみる。
 身体が勝手に震えだす……全身の毛が、逆立つ。

 遥か高みから私を見下ろしていた永久花の顔と、痛みと、屈辱と、かなしみが、……濁流のように襲いかかってくる。
 
 私はのそのそと、檻の隅の犬用マットレスに行って伏せる。
 硬すぎもせず、柔らかすぎもせず、心地いい。
 星夜はやっぱり、犬の好きなものをよくわかってるんだな……。

 震える身体と、息をするだけで痛む胸、勝手に荒くなる呼吸で出さざるを得ない舌。
 怖い……怖かったよ……。
 私は、尻尾をくるんと丸める。
 なるべく小さく縮こまるかのように……。

 星夜の前では……私はまた、強がっていたんだな……。

 二本のもふもふした前足の間に、顔をうずめる。
 耳が、へたりと力を失う……。
 人間の身体だったら決してありえない、この感覚。

 ああ、やっぱり、いやだな。
 星夜が一緒にいてくれるなら……私、犬の自分も好きになれそうだったけど……。

 やっぱり、こんな身体――無力で、不自由で、……なんにもいいことないよ。