「……ほんとなの?」

 永久花は、ぽつりとつぶやいた。

「ほんとに、星夜は強くなったの? あの犬のどこが……そんなに、よかったの?」
「永久花様、どうかご決断を、お願いします! ――駄目だ、みんなとりあえず逃げろ! 逃げる速度は我々天狗のほうが速い! 皆で別方面に逃げ、天狗族の壊滅だけは避けるんだ!」

 ひとりの天狗の指示で、おつきの天狗たちはわーっと散っていく。
 星夜は、視線さえ動かさず、彼らに紅い球を向ける。

「ひいっ……」
「早く逃げろ!」

 小さな紅い球がいくつもいくつも天狗たちを追いかけたけれど、彼らは脚や身体の一部に怪我をしながらも、互いに肩を貸し合ったりしながらどうにか逃げていった。

「……逃げ足だけは素早い、卑劣な一族め」

 わん! と私は星夜に向かって大きく吠えた。
 やめて……星夜。

 星夜は、本当は争いが嫌いなんでしょう?
 他人を傷つけるのも――嫌いなんでしょう?

 わんわんわん、と私は訴えるために吠え続ける。
 鎖をめいっぱい彼のほうまで伸ばして――。

 ……私の気持ちがどこまで伝わったかは、わからないけれど。
 星夜は、じっと考え込むように、痛みを感じているかのような表情で私を見つめ返した後――苦しそうにうつむいた後に顔を上げ、逃げていく天狗たちを見逃してくれた。
 
 あとには、がらんとした倉庫と。
 ただひとり……逃げずに、立ったままの永久花が残っていた。

「星夜……本当にわらわを殺したりなんて、しないわよね? 星夜は鬼神族の鉄の掟があるから、わらわとは愛し合えなかったのよね? でも、だからこそ、高等部の卒業式の日、言ったじゃない。一生、戦い続けていれば遊び続けることができる、って。絆を結び続けることができる、って」
「……奔放な貴様に惹かれた時代も確かにあったな。だが昔のことだ。俺たちは付き合っていたわけでもないし、何かの約束をしていたわけでもない。貴様に一瞬でも惹かれた俺は、なんと愚かだったことか」

 永久花の顔が、ゆがむ。

「永久花。歌子を苦しめた罪、地獄で後悔するといい」

 星夜は、右手から紅い球を放ち――。
 永久花様、とおつきの天狗が数人で来て、さらっていくかのように永久花を逃がした。