大げさな表現かもしれないけど……。
 でも。
 地獄のような、時間だった。

 永久花はやたらめったら鞭で叩いてはこなかったけれど……。
 その手に鞭があるだけで、全身の毛が逆立って、もう叩かれたくないと思うようになってしまった。

 それに、からっぽの餌皿に水の皿……。

「いい子にしていないと、飢え死にしちゃうから」

 だれかにそのお皿を満たしてもらわないと、生きていけない……。
 まるで本当の犬みたいなことを思ってしまって、自分でも愕然とした。

 生存と痛みを握られている。

 私はふるふる震えながら、永久花の命令に従うしかなかった。
 おすわりも、伏せも、待ても……。
 星夜だから従ってあげていたのだ。
 もともとは人間の私が、簡単にするようなことではない……。
 私にだってプライドがある。

 永久花は、だから私のそういった気持ちを、本当によくわかっていたのだろう。
 プライドを……へし折るようなことばかり、してきた……。

「ほんとの犬みたいに振る舞うのね。プライドってものがないのかしら?」

 ちがう……。
 怖いからだよ。
 もうやめて……。

「星夜はこんな犬のどこがいいのかしら。ずるいわねえ、そっちにいるだけで、鬼神の霊力が高まるんでしょう? ……しかも若い女だなんて。許さないわ。わらわと星夜の均衡を崩したこと。この邪魔者め。あんたさえいなければ……あんたさえっ……」

 その顔は、笑顔の形だけれど、目はまったく笑っていない。
 ただ喋っているだけなのに、すさまじい圧を感じる――これが、あやかしの迫力なのだろうか。

「星夜はまだ来ないの? いいのかしら、可愛い可愛いわんこちゃんが、こんな目に遭ってるのに」

 星夜の……じゃまに、なりたくない……。

「あははっ、あんた見捨てられたのかもねえ。星夜が来ないなら、あんたのこと……殺しちゃおうかしら」

 おねがい……やめて……。
 もう、やめて。

 時間にすれば、そんなに長い時じゃなかったのかもしれないけれど。
 痛みと飢えと渇きと、屈辱で――恐怖が心の芯に刻み込まれるのに、そんなにたくさん時間は要らないと、私は学んだ。