気づけば、零が口元をにやけさせて、やけにぎらつく瞳で私を見下ろしていた。
 ……私は全身の毛を逆立て、ううっと唸る。

「夕樹は力こそあるけど、やっぱり馬鹿だね。僕たち天狗が怖いのはさ、夕樹だけなんだよ。僕たちより強いあやかしは、ここ幽玄学院には夕樹しかいない。永久花様でさえ夕樹の馬鹿力は面倒がっておられる……だから夕樹を一瞬でも叶屋さんから離せば、もうそれで目的は達成されるというのにね」

 ――騙したの?

 いますぐにも、いろんなことを問い詰めたいのに……。
 私は、唸るしか……できない……。

「ちょ、ちょっと。何が起こってるんだ?」

 山華さんはおろおろして、氷子さんも心配そうに私と冷を見比べている。

「ああ安心して、山華も氷子もこの通り元気だから。でも、火事が起こったのは本当だよ? 僕たちは何にも校則違反をしていない。ただ、神参山の仲間の天狗たちが、山華の体育着をちょっと失敬して、誰もいない体育館を上から爆破しただけさ。……水と流の二人じゃ夕樹に勝てはしないだろうけど、もし夕樹が真実に気がついても、ちょっと足止めするくらいならできるだろうね」

 にやり、と零は笑う。

「じゃあ行こうか。空の旅へ」

 かっ、と大口を開けて彼は笑い――天狗の翼をばさりと広げる。

「――零? なにを企んでいるのですか?」

 氷子さんが青ざめた顔で冷気を発するけれど――。

「おお寒い、やめてくれないか?」

 零は、まったく動じず。
 懐から団扇を出して、パリンと窓を破壊する。
 まるで、飴細工でも壊すかのように、あっけなく。

 そして私を抱きかかえ、空へ飛翔していこうとしたけれど――。

「何をしている!」

 ……星夜!
 わん、と私は必死に鳴いた。

「体育館が火事と聞いて駆けつけてみれば……歌子を離せ!」
「……理事長先生かあ。困ったなあ。あんまり、永久花様のお手を煩わせたくなかったんだけど」

 そのとき。
 ガラガラガラ、と大きな音がして。
 木でできた天井が崩壊して、私と彼女たちの間の天井に、穴が空いた。
 人が何人か余裕で通れるほどの大きさだ。

 穴から覗く、雲ひとつない青い空。
 翼を生やした、美しい女性が――大きな団扇で空気を扇ぎながら、浮いていた。

 あのひとは――もしかして。
 ううん。間違いない。

 飛空永久花だ――。

 モニター越しでも美しかったけれど、目の前にすると、完璧な美貌という印象を受ける。
 だけど、その美しさに感動している余裕は、もちろんない。

「――いいのよ零。ちょうど、星夜に遭いたいと思っていたところだったの」

 りん、と。
 耳の奥に残るような声で……永久花は、話す。
 ニュースで聞くのよりもずっとずっと、鈴の音に似た声で――。