零が、夕樹に言う。

「叶屋さんには、僕がついてるから」
「でも――」
「天狗だから信じられない? もし、何があっても常に、君たち鬼神と僕たち天狗が敵対するのだとしたら。僕は君の親友である山華のことも、とっくに見捨てていたと思うんだけど。それに、ここは廊下だよ? クラスメイトたちがいっぱいいる。僕は簡単には変なことができないと思うけどね。……とにかく、山華がこのままだと危ないよ」

 夕樹は、すごく迷っているようだった。
 でも……。

「お願い、夕樹……山華が、死んじゃう……死んじゃうのっ……」

 嗚咽を漏らし始めた水を見て、決心したのか――。

「ごめん歌子。すぐに戻ってくるからっ。零、歌子に手を出したりしたら承知しないからね!」
「……もちろんだよ」

 そして夕樹は、流と水とともに体育館のほうへ向かっていったのだけれど――。

 私は不安を込めて、零を見上げる。
 クラスメイトの、天狗の男の子。
 ほとんど話したことはない……。
 ただ、飄々としたイメージだけがあった。

「……じゃあ叶屋さん。僕たちは、安全なところへ行こうか」

 体育館の反対方面へ歩き出した冷に、私はおそるおそるついて行こうとしたのだけれど――。

 更衣室の方から、ここにいるはずのない二人が歩いてきて、私は固まった。

「今の爆発音、なんだったんだよ? 今日の体育は中止か? まったく、今日はただでさえついてないのにさ」
「まあまあ、山華。そんなにかっかしないで。すぐに指示があるはずですよ。とりあえずみなさんがいる場所へ私たちも行きましょう」
「なんであたしの体育着が、音楽室にあったんだよ? あたしは音楽室に体育着なんか持っていってないのにさ。おかげで大遅刻だよ」
「何らかの手違いでしょう。どなたかが、山華のものと間違えてしまったのかもしれません。事情を説明すれば、先生も理解してくださるはずです」

 氷子さんと、山華さん――。
 どうして?
 いま、夕樹が助けに行ったはずなのに――山華さんは、ぴんぴんしている。

 ――わんわんわんわんわんっ、と私は思わず激しく鳴いていた。

「うわ? なんだよ急に? びっくりしたあ」

 だって、だって、あなたはここにいるはずもない。
 もし……もし、山華さんが、何事もなく元気なのだとしたら。

 夕樹が助けに行った山華さんは――いったいだれなの、どういうこと?