たまってあふれたコップが、急にこぼれるように。
 それは、私が。自分の数奇な宿命と大嫌いだった身体を、受け入れられた瞬間だった。

 ちらりと、星夜の横顔を見上げる。
 夕焼けに照らされた、星夜の横顔――記者会見や公の場に出るのとは違う。満足そうで、やわらかい、充実感に満ちた横顔を。

 星夜が……いっぱい愛してくれたからかな……。

 また、恩が増えちゃったな。
 命を助けてもらった上に……。
 私の心に知らないうちにこびりついていた、呪いを解いてもらえたなんて。

 あ……。
 なんだか、眠くなってきた。

 星夜はいつも……いい匂いがする。
 深い森のような……。

 このひとの隣だと、私は安心して眠れる。
 私は助手席のソファに伏せて、くるんと尻尾をまるめる。

 尻尾を丸めるのが、これまでは嫌だった……尻尾も、尻尾の感覚も、人間にはないものだから。
 自分が間違ったことを無理やりさせられているような気がして……。
 尻尾を扱うのが上手くなればなるほど、嫌だった。

 でも、そんな感情が、いまは存在しないって気がついた。
 すっと、溶けて消えるかのように――。

 眠りに落ちる前に、ごく自然なことを思うかのように、思った。

 私……犬としての自分も、大事にしよう。
 犬のすがたで学校に行くのが不安なのは、ある意味では当たり前だった。
 だって、私自身が、犬の身体に慣れていなかったんだから。

 これまでは、犬らしいやりかたを避けてきたけど……。
 心はともかく、身体は犬なんだから。犬らしくやってみたって、きっと、いいんだ。
 動きまわったり、コミュニケーションをとったり。

 幸い、いまの環境では、まわりも私の事情を知ってくれているし。
 無理に人間としてのやりかたを貫くのではなく、この身体に、ぴったり合うものをこれから捜していこう。

 星夜……ありがとう。

 手始めに。
 私は、夜澄島に着いて私を抱きかかえる星夜の顔を、ぺろっと舐めた。

 犬の愛情表現だってことくらい、私だって知っている。

「……ど、どうした。そんな……可愛らしい……いじらしいことを……」

 ありがとう、ってことだよ。
 犬に詳しい星夜なら……わかるよね?

 それとも……好き、って受け取られちゃったかな。
 まあ……それでも……こっちは、かまわないんだけど。