雨宮星夜は、真っ黒な、烏のような和服を羽織っている。
 影そのものを纏っているかのような……。
 それがまた、とんでもなく彼には似合っていた。

 紅く切れ長の瞳。肌は陶器のように白く滑らか。
 中性的で繊細でありながら、強い意志を宿した瞳は、野性的なまでに男性的であるとも感じさせた。

 ひとならざるものどころか、まるでこの世ならざるものみたいに整った彼には、ひそかなファンが多いのも納得できる。

 けれど、それは遠くから見つめるだけの関係だからだ。
 実際に彼にお近づきになりたいか、と言ったら、ファンたちの多くも首を振るだろう。

 だって雨宮星夜だよ。
 ただでさえやばい鬼神の一族の、しかも若くして長をつとめる、おそろしい存在。
 本気を出せば、この国すべてだって血の池地獄に簡単に落とせると、おそれられる存在。

 修羅と呼ばれる存在――。
 そんな雨宮星夜が、紅い瞳で至近距離で、私をじっと見ているのだ。

 私、これからどうなっちゃうんだろう……。

 文字通り取って食われちゃうのかな……。そういえば鬼神ってなにを食べるのか知らないけれど、おやつに犬くらい食べるのかもしれないな。
 そうかあ。私、おやつになるのかあ。いまは夜だから、夜のおやつってことかな……。

 十六年。短い人生だった。
 私は、鬼神のおやつになるみたいです……。

「脅えているのか」

 はい。脅えています。覚悟が決まったとはいえ、やっぱ食べられるの怖いし……いっそひと思いにやってほしい……。

 雨宮星夜は、私を地面に下ろした。犬の身体だと、人間サイズの存在って、すごく大きく見える。
 鬼神は、とんでもなく美しい容姿以外は人間とほとんど同じ。
 見上げても表情がわからないから、怖い。牙でも剥いているのか、舌なめずりでもしているのか。

 雨宮星夜はしゃがみ込んだ。
 いよいよと覚悟した私は、でもやっぱり怖くて、思わず伏せて目をつぶってキャンと声を上げてしまった。

 ……頭に、手が載せられた。
 わしづかみにでもされるかと思ったけれど――予想外に、その手はゆっくりと、溶かすような手つきで、私の頭を撫でていく。

「可哀想にな。あんな酷い目に遭って……脅えるのも、無理はない……」

 その声も予想以上に柔らかい――雨宮星夜って、こんな喋り方するようなひとだったっけ?

 それに、……あれ。
 頭、撫でられて……ちょっと、気持ちいいかも。犬の身体の気持ちいいポイントを押さえてるっていうか……。

 私は目を開けた。荒い呼吸はまだ止められないけれど、さっきよりは落ち着いている。

「少し、落ち着いたか?」

 ……おそるおそる、私は彼の顔を見上げた。
 そしてびっくりした。
 とろけるような、甘い表情を――彼がしていたからだ。
 あの、鬼神の長の、修羅の、雨宮星夜が。

「犬という生きものは、かように尊い……」

 ああ、と彼は堪らないとでも言うかのように言葉にならない声を上げる。

「――もふもふしたい」

 ニュースで見るおそろしさからは予想もつかないほど、愛おしさを全力で込めた……甘々な顔だった。