帰るころには、満足感にすっかり包まれていた。

 星夜の運転する車で帰る。
 窓を少し開けてもらっていた。
 夕方の風がそよそよと気持ちよくて、私は行きと同じように、目を細めて舌を出していた。
 犬用のソファも、最高に気持ちいい。

「楽しかったか?」

 わん! と私は勢い込んで鳴いた。
 星夜は、嬉しそうな笑みを見せる。

「それならよかった」

 今日いちにち遊んでいくうちに、気がついた。

 なんか……。
 私って、犬の身体で気持ちいいこととか、心地いいこと、全然知らなかったんだな。

 これまではいつも家にひきこもってばかりで。
 お皿とかごはんとかトイレとか、生きるのに最低限必要なものは仕方なく犬用を使っていたけれど、おもちゃなんて、買ってこようと思ったこともなかった。
 犬用のソファも買わずに、リビングのソファと自分の部屋のベッドの上で過ごしていた。

 面白くもないテレビをつけっぱなしにして。犬の手ではリモコンのボタンも押せないと拗ねて、かたくなにひとつのチャンネルをつけっぱなしにして、寝そべっていた。
 たいていの場合、尻尾をまるめて、耳もたたんで。せっかくつけてるテレビの音から逃れるかのように――。

 いま思えば、ボールペンをくわえて字を書くこともできたし、工夫すればリモコンを操作することもできた。
 人間が走れば気持ちよさを感じるのと同じで、もっと身体を動かしてもよかった。家にいたころは外に出るのは心配されただろうけれど、室内で遊べるアスレチックをバイト代で買ったってよかった。

 いくらでも、いくらでも、いろんなことに、やりようはあった。

 自分が犬に変身するってことを、認めたくなかったんだと思う。
 もっと言えば、否定したかった。

 犬としての自分を。
 ……白い犬の、自分の身体を。

 だから――自分では押せないと諦めたリモコンをテーブルの上に置いて、半分眠るかのように、興味もないテレビ番組をつけっぱなしにして、まどろんでいた。
 現実から、逃げるかのように。

 いまだけ耐えれば、また普通の日常が戻ってくるから、って。
 犬になる期間は悪い夢のようなものなんだって――。

 ……でも。
 星夜に犬として可愛がられて過ごして、今日、犬としてめいっぱい遊んで。
 ちょっと、わかった気がした。

 私が犬に変身することは事実だし――。
 頭でなにを考えようと、私の犬の身体は、一匹の犬としてここに存在している。

 これは、現実なんだ……って。