まず着いたのは、お台場エリアの大きな公園だった。
 潮風と豊かな緑が気持ちいい。

「リードをつけるが、歩いていけるか?」

 うーん、リードかあ……。
 ちょっと複雑な気持ちがなくはないけれど、仕方ない。
 犬にリードをつけないのはマナー違反だ。

「それとも、抱っこしていくか?」

 いやいや、歩くくらいできるって。
 リードをつけて歩くより、抱えられて歩くほうが恥ずかしい……。

「そうか……」

 星夜はちょっと残念そうだった。

 広い公園を、てくてく歩いていく。
 うーん、犬の身体で外を歩くの、新鮮すぎる。
 家にいたころは、普通の犬みたいにお散歩なんて絶対にしなかったし。

 歩いている途中、小さな子に可愛い可愛いって頭を撫でられて、なんだか照れてしまう。

 そして辿り着いたのは、敷地内にあるドッグランだった。

 ええー、ドッグラン? 楽しめるのかな……。
 ただ走るだけのような気がするけど。
 走ればすっきりする、みたいな話?

 私はそんな気持ちを込めて星夜を見上げたのだけれど、受付で手続きをする星夜が一瞬声を上擦らせていたので、まあいいか……と思った。
 私には、もうわかる。声が上擦るほど感動しているのだ……飼い犬と一緒にドッグランに来られて。
 どんなに難しい戦況のときでも、どんな記者会見でも、声が上擦るどころかどもることもない修羅の鬼神様なのに――まったく、本当に、すさまじい犬好きだ……。

 中は犬の大きさで分かれているらしい。
 私たちは大型犬用の場所へ案内される。

 ドッグランの中に入り、リードを外してもらう。
 とても広々している……秋だけれど芝生はふかふかしていて、きれいな緑色だった。
 平日の午前だからか、他にはだれもいなかった。

 私は星夜を振り向く。

「さあ……行ってみろ……」

 星夜は……たぶんどきどきしている……。
 生まれて初めて犬と一緒にドッグランに来て、その犬が一歩踏み出す瞬間を、決定的な歴史的瞬間と言わんばかりに見つめている。

 私は、一歩踏み出す。
 すると驚いた。

 すごい、なんだろう、この芝生?
 肉球をふわっと包み込んでくれるような。体毛にも心地よくふれてくれて。

 一歩、二歩と踏み出すと、歩き心地にもびっくりする。
 さっきまでの公園の地面と、全然違う!
 反発をすべて吸収してくれるような。
 身体が軽い!

 全身が羽になったような感覚。
 こんな感覚。なかなか、人間の身体のときにも味わえない。
 身体を動かすだけで楽しくて、あちこち駆け回ってしまった。

 そして、だいぶ走ったあと、はっと気づいた……。
 走るだけで……私、すっごい楽しんじゃってる……。

 星夜はいつのまにかベンチに座って、私を見つめていた。
 サングラスをしていてもわかる、にこにこした笑顔……。

「楽しいか。ならばよかった。ここの芝生と土は特製のものだと前から聞いていてな。まったく走り心地が違うらしく、犬たちはここに来ては飛び回るように駆けるというのだ」

 いや、もう、ほんとに……星夜の言う通りだ。
 ドッグラン。おそるべし。