……妙に気まずい気持ちだ。
 私は、ベッドのわきに向かって歩いていった。

 そこには、明日の学校の準備が整えられている……。
 私が犬のすがたでも、学校に行けるように。

 教科書類の詰められた鞄。荷物は、明日は夕樹が持っていってくれることになっている。
 デジタルメモと、専用のペン。何度も書いて消せる、簡易型のタブレットみたいなツールだ。口でペンをくわえて、タブレットに文字や簡単な図を書く。普段の意思疎通はもちろん、授業中にあてられたときにも使える。
 首輪につけるための名札。クラスの名前と、星夜が首輪に番号を書くためだけに契約したスマホの電話番号が書いてある。
 制服は着ない。……毛皮の上に服を着せられると、暑いし、ごわごわするのだ。服を着せられて気にならない犬もいるのだろうけれど、すくなくとも私は気になる。

 それらの道具を、私はじっと見つめた。

 確かに……どうにかは、なるかもしれないけれど……。
 でも、ひとの力を借りなくちゃいけない。
 つねに。

 荷物は持ってもらわなくちゃいけないし、意思疎通のためのデジタルメモだって、自分で持ち運ぶことも難しい。
 そういえば、このデジタルメモを出してほしいって、私はどうやって伝えればいいんだろう。教室の机には置きっぱなしにしてもらうつもりだけれど、体育館や移動教室中や、そういうときには、どうしよう。ああ、気づかなかった、事前に決めておけばよかった。

 まわりの理解があるから、ぎりぎりどうにか学校に行けるというだけで――やっぱりいまの私は、自分ひとりではなにもできない、……無力な犬であることを改めて感じる。

 大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせてきたけれど――でも、やっぱり。

 怖い……いやだ……行きたくないよ。
 そんなの、ちがうって。筋が通らないって――わかってるけど。

 私は、その場に伏せた。
 緊張すると……どうしても口が開いてしまうし、舌が出て、呼吸が荒くなってしまう。
 いやだなあ……。

「……どうした。歌子」

 星夜が隣に座った。
 私に――というか一匹の白い犬にメロメロしている星夜ではない。
 優しさは変わらないのだけれど、口調は、人間の私に対するものと同じだった。

 いま、私が言葉をしゃべれたら……。
 なんと返しているだろうか。
 きっと、強がってしまっただろう。

『明日の学校の準備を確認していただけですよ。忘れ物があったらいけませんから』

 そんなことを、笑いながら言って、ごまかしただろう。

 でも……。
 いまの私は、言葉を発することができなくて。

 どうしよう……やっぱり、なんだか、すごく気まずい。