「……このまま抱っこして眠りたい」
「星夜様。歌子様は、人間の女性でもあるのです。犬を抱っこして眠るのとは、わけが違います。そのように愛されてはなりませんよ」
「しかし……」
「歌子様もさすがにそれはお嫌なはずです」

 暮葉さんは、眼鏡の奥から鋭い視線を向けてくる。

 私……私は……。
 いやじゃ、ないけど……。

 ……くうん、と情けない声が出てしまって、尻尾も耳もしゅんとなって、うつむいてしまった。

「ほら。嫌そうですよ」

 ……ちがう。
 私は顔を上げて、ばたばたと乱暴に尻尾を振って訴えるけれど……。
 暮葉さんはもうこっちを見ていなかった。

 ……ああ。犬の身体でコミュニケーションをとるのって、とっても、とっても難しい。

 でも……。
 星夜は、気づいてくれたようだった。

「歌子は嫌ではないらしい」
「そうですか? 嫌そうに見えますが……」
「嫌ではないのだな? 歌子」

 わん、と私は肯定の気持ちを込めて必死で鳴いた。

 私、どうしてこんなこと……。
 そんなに、星夜に一緒にいてほしいの?

 自分の気持ちが、自分でもよくわからなくなっていたけれど。
 ただ……今日の夜……これから独りで過ごしたくないのは、本当だった。

 おかしいな……。
 人間のすがただったら、やめてください、一緒に寝るなんてそんな、って星夜を部屋から押し出しているはずなのに。
 自分ひとりで枕を濡らしたって、別に、それで明日の朝からまた笑ってやってゆけるなら、それでいいはずなのに。

 ……悲しみで涙を流すことさえ、この身体ではできないからかな。

「このまま……ここにいる」
「しかし――」
「ともに寝るとは言っていない。……ただここにいると言っているんだ」

 暮葉さんはため息をつき、眼鏡を指で持ち上げ……承知しました、と渋々言って、去っていった。
 ぱたん、とドアが閉まって、ふたりきりになる。