「……このまま抱っこして眠りたい」
「星夜様。歌子様は、人間の女性でもあるのです。犬を抱っこして眠るのとは、わけが違います。そのように愛されてはなりませんよ」

 私にも、もうわかる。
 叶屋歌子という呪い持ちの人間ひとりが夜澄島で暮らせるようになったことは、愛する者をつくってはならないという、鬼神族の鉄の掟がなくなったことを意味しない……。

 暮葉さんや黄見さんのように、たとえ飼い犬であっても愛する対象をつくることを危険視する人だって、多いのだ――ただ霊力の高まりのメリットが大きいから、天狗族たちとの戦いのことを考えて、きわどいバランスで私の存在を容認しているだけで。

「しかし……」
「歌子様だってさすがにそれは嫌なはずです」

 暮葉さんは、眼鏡の奥から鋭い視線を向けてくる。

 私……私は……。
 いやじゃ、ないけど……。

 ……くうん、と情けない声が出てしまって、尻尾も耳もしゅんとなって、うつむいてしまった。

「ほら。嫌そうですよ」

 ……ちがう。
 私は顔を上げて、ばたばたと乱暴に尻尾を振って訴えるけれど……。
 暮葉さんはもうこっちを見ていなかった。

 ……ああ。犬の身体でコミュニケーションをとるのって、とっても、とっても難しい。

 でも……。
 星夜は、気づいてくれたようだった。

「歌子は嫌ではないらしい」
「そうですか? 嫌そうに見えますが……」
「嫌ではないのだな? 歌子」

 わん、と私は肯定の気持ちを込めて必死で鳴いた。

 私、どうしてこんなこと……。
 そんなに、星夜に一緒にいてほしいの?

 自分の気持ちが、自分でもよくわからなくなっていたけれど。
 ただ……今日の夜……これから独りで過ごしたくないのは、本当だった。

 おかしいな……。
 人間のすがただったら、やめてください、一緒に寝るなんてそんな、って星夜を部屋から押し出しているはずなのに。
 自分ひとりで枕を濡らしたって、別に、それで明日の朝からまた笑ってやってゆけるなら、それでいいはずなのに。

 ……悲しみで涙を流すことさえ、この身体ではできないからかな。

「このまま……ここにいる」
「しかし――」
「ともに寝るとは言っていない。……ただここにいると言っているんだ」

 暮葉さんはため息をつき、眼鏡を指で持ち上げ……承知しました、と渋々言って、去っていった。
 ぱたん、とドアが閉まって、ふたりきりになる。