そして、午後。
 五時間目を終え、六時間目は化学の授業。化学室へ移動だった。

 夕樹と並んで廊下を歩いていると、前方に氷子さんと山華さんがいた。

 私は思わず駆け出し、二人の肩を叩いていた。
 二人は訝しげに振り向く。

「あ、あの……夕樹と四人で、移動しない?」

 目いっぱい明るく言ったつもりだったのだけれど、私の声は緊張で上ずっていた。
 二人は、ますます訝しそうな顔をする。

 夕樹があわてて私の隣に駆けてきた。

「ちょっと歌子、急に走るんだもん! びっくりした」

 二人は――何事もなかったかのように、前を向いて、二人で親しく話し始めてしまった。

「え、えっと……夕樹もいるし、一緒に移動……とかは……」
「あたしは夕樹のことはダチだと思ってるけどさ」

 山華さんが急に立ち止まり、こっちを振り向く。
 氷子さんと、私と夕樹も足を止める。
 山華さんのぎろりとした目は、彼女があやかしであることを感じさせ、ぞっとした。

 なんだなんだと、周りにあやかしたちが集まってくる。

「あんたとあたしは、そうじゃないでしょ? 気安く話しかけないでくれない?」
「まあまあ、山華、落ち着いて」
「だってさ。ただでさえ夕樹は弱いあやかしもどきのおもりをしなくちゃいけなくて可哀想なのに。あたしたちとだってこれから今まで通り過ごせなくなるんだよ? 氷子はそれでいいの?」
「鬼神族は役割を重んじる方々ですから。夕樹の使命をよく理解してあげないと。でもそうですね。……叶屋様」

 氷子さんの笑顔は――きれいなのに、ぞっとする。

「たまには、夕樹をわたくしたちに返していただければ嬉しいです。これまで夕樹と山華とわたくしは、ずっと一緒だったのですよ。……そしてわたくしたちは、叶屋様のように特別な身分も持たない、ただの狸と雪女です。お付き合いするには相応しくないかと」

 氷子さんは笑顔のままだったけれど――まわりの空気の温度が低くなっていた。
 比喩ではなく、実際に。

「――ちょ、ちょっと、二人とも。そんなこと言わないでよ! 歌子はいい子だよ。四人で仲良くすればいいじゃん!」 
「夕樹は優しすぎるんだよ! 仕事で付き合わなきゃいけないだけの相手に対してさ」
「それだけじゃないってば、もう――」
「山華。夕樹をあまり怒らせてはいけません。致命傷になりますよ?」

 ふん、と山華さんは鼻を鳴らす。

「あんたが弱いのがいけないんだ。弱いから、夕樹がつきっきりで守らなくちゃいけなくなる。悔しかったら、強くなってみせなよ」

 氷子さんは笑顔のまま、深く腰を折って……。

「夕樹。今度の休日は三人で遊びましょうね」

 夕樹にだけ、親しげな笑顔を見せて。
 そのまま、二人で、すたすたと化学室へ向かってしまった。
 私たちを見物していたあやかしたちも、去っていった。冷笑、あるいは軽蔑を滲ませて――。

「……歌子。気にしないでいいからね」

 夕樹は、やっぱり優しかったけれど。
 駄目だ。私は。――このままじゃ。

 ……私は、あやかしでもなんでもない。
 ただの、呪いを持っているだけの人間で……。
 だから。弱いのは、どうしようもないけれど。

 でも。――でも。
 ここで認めてもらえるように――がんばらないと。