「そうかも」

 私は潮風に舞う髪を片手で押さえ、自然と笑顔になった。

「……尻尾があればわかりやすいのにな」
「え?」
「嬉しそうな顔をして。叶屋歌子は人間のときも犬っぽい」
「あなたがそう思いたいだけなんじゃないですか?」

 ちょっと呆れた気持ちになって、私はそう言った。

「……犬っぽいと思うと、そういう物言いも、犬っぽく思えてくるな」
「ええ? それじゃ私、なんでもかんでも犬になっちゃう」

 星夜は沈黙して外の景色を眺めていたけれど、その横顔の感情は、なんだろう。
 悪いものじゃない、ってことはわかるんだけど……。

「……俺に対してそこまで率直に話をしてくる者は、いないからな」
「それは、だって、みんな星夜が怖いから」
「そういうところだ。まったくおまえは、怖いもの知らずの、臆さないやつだ」

 星夜は、ちょっと口もとを持ち上げた――笑った?

「……だって、私は」

 知ってるから。
 雨宮星夜が、そんなに怖いひとじゃない、ってこと。

 でも、それ以上のことを私が言う権利はないような気がして、それ以上は言わなかった。

 東京湾から、神田川へ。
 たくさんの橋をくぐる。小さく見えていたスカイツリーが、少しずつ大きくなってくる。
 東京の景色が、両隣に見える。朝の、慌ただしい、目覚めてきた東京。

「星夜は、いつもこの船で移動してるの?」
「いつもではない。たいていは車だ。鬼神族にとってもこの船は宝のひとつ。ゆえに、特別なときにのみ出す」
「特別なとき……犬カフェに行くときとか?」
「そういうときは……プライベートの車だが」

 星夜の言葉の歯切れが悪い。
 これは、もしかして……犬カフェの話を、恥ずかしがってる?

 ちょっといたずら心が起こってしまう。

「そういえば……犬カフェに、大好きな犬がいるんですよね? かふぇ、もか、くるみ……でしたっけ?」

 星夜は、不自然に視線を逸らす。

「やめろ。そのような表情で見るな。……いたずらっぽいところも犬のようだ」
「だから、犬じゃないですよ。今日は耳も尻尾もないでしょう?」
「そういうことではなくてだな」

 そんな感じで、わいわい言い合っていると。
 なんだかあっという間に、通学時間の三十分は過ぎたのだった。