私のことについても、少しずつ星夜に話した。
 アルバイトのこと。これまで学校に行けなかったこと。勉強のこと。

 誤解を受けてつらかった、これまでのこと。
 自立しなきゃ、と焦ってきたこと。
 それで結局事故に遭ってしまったことも……。

 星夜は、私の話を聴いてくれた。時間も惜しまないで、じっくりと。

「忙しいのに……。どうしてこんなに話を聴いてくれるんですか?」
「面白い人間だと思っているからだ」

 わかるようで、わからない。
 けど……。
 一緒に過ごして、いろんな話をするうちに、星夜の目は少しずつ和らいできた。
 私が犬のすがたのとき、とまでは言わないけれど……。
 それに近いような優しさを、帯びてきた。

 星夜もぽつりぽつりと、いろんな話をしてくれた。
 鬼神族は、修羅の一族とも呼ばれていること。
 戦いに明け暮れる宿命であること。

「なぜだろうな。おまえには、話ができる。犬だからだろうか?」
「まあ……もう、だいぶ秘密を知っちゃってますしね」

 犬に変身した期間で……。

「そうかもしれない」

 星夜はふっと、気を抜いたように笑うのだった。

「おまえは本当に犬のようだな。人を癒す犬のようだ。ただそこにいて、話を聴いてくれる」
「もう……私は完全な犬じゃないって、いつも言ってるじゃないですか!」

 そう言いつつも、自然と心が温まっていることも事実だった。
 私も星夜に話を聴いてもらって、心が軽くなっていて……。
 おんなじように彼が感じてくれているのだとしたら、うれしい。

 そして、星夜は幼いころから戦闘能力が高くて、先代の長から直々に選ばれて当代の長となったことも知った。
 先代の長は六年前、みんなに見守られながら長寿を全うしたのだという。

「先代の長は、お父さんかお母さんってわけではないんですか?」
「一応、祖父にあたるらしい。だが祖父らしいことは何ひとつしてもらったことがない。俺と先代の関係は、あくまで先代の長、当代の長というだけだ」
「そうなんですね……」

 私は、おじいちゃんやおばあちゃんにはとっても可愛がってもらった。
 けど……そうではない関係も、あるんだな。

「先代は偉大だった。偉大すぎて……いまでも夜澄島に生きているかのようだ。昔から先代とともに生きてきた黄見たちが俺のことを認めていないのも、俺があまり戦いに積極的だからではないからだろう」
「先代の長という方は、積極的だったんですか?」
「ともに戦場に出ることも多かったが、すさまじい迫力で戦っていた。すべてを殺してやろうという確固たる意志が先代にはあった。隣にいるだけで、全身が竦んだ……。修羅という名は、本来、彼にこそ相応しい」

 星夜だって、相当な力をもっているはずだ。
 日本中からおそれられている……。
 力が強く奔放なあやかしたちが頭を下げざるを得ない、それほどの存在のはずなのに。

 そんな星夜がここまで言うほど、先代の長っていうのは強烈なひとだったんだろうな……。

「でも……星夜は、すごく強いでしょう?」

 沈黙で、彼は肯定する。

「強いけど、戦いは好きじゃないってことですか……」
「そういうことだ。俺は幼少のころから、戦いの才はあったが、戦うより犬たちと戯れている方が好きだった。……少年の頃には何匹か犬も飼っていたのだ。しかし、次代の長となることが決まった十二歳のとき、全て里親に出された。俺には知らされず、突然の別れだった」

 星夜は、息をつくように微笑して――その横顔は、鋭いさみしさに満ちていて。
 私は、心がわし掴みにされたような感覚を覚えた。

「戦場に在るのは敵意と暴力のみだ。慈悲の心を持ったところで、なにも返ってくるものはない。しかし犬は……愛情を注げば、それだけ愛し返してくれる……。犬はいい……他者を傷つけず……愛らしく……愛情を注げば注ぐほど、返してくれる」

 このひとのことを……このひとの、ほんとうのことを。
 私はきっと、すこしだけ、……すこしは、知っている。

 そして。
 このひとのことを、私はもっと知りたいと思うようになっていた。

 星夜と一緒にいると、だいたいの場合、暮葉さんが「星夜様、そろそろ」と呼びに来て、星夜は戻っていくのだった。
 そしてだいたい、星夜はまたすぐに来る。
 懲りずに……来てくれるのだ。

 そうして、ゆるりと日々が過ぎていった。