そして私は、家を出ることになった。
 生まれ育った、馴染みの我が家……。

 お父さんとお母さんと寿太郎には、あとでお姉ちゃんのほうから話しておいてくれるらしい。
 いま連絡しちゃうと、お父さんもお母さんも寿太郎もみんな混乱しちゃうだろうから、って。
 ……歌子の気持ちが伝わるように一生懸命説明しておくから、と言ってくれた。

「歌子。歯ブラシは持った? 歯磨き粉もちゃんと持つのよ。ああ、バスタオルとフェイスタオルも必要よね、ハンカチもたくさん持たないと……」

 お姉ちゃんはあわあわとあれこれ持ってきて、ダイニングテーブルやソファの上が日用品でいっぱいになる。

「そのくらいのもの、夜澄島にはいくらでもある。持ってこなくてよい」

 星夜はうんざりとして言い放つけれど、私も口を開く。

「でも自分の生活する物くらい、持っていったほうがいいと私も思うけど」
「ご遠慮くださいますかね」

 暮葉さんが、言葉だけは敬語だけれど実に面倒そうに言う。

「持ってこられたところで、使い道がありませんから。この家でお使いになられていたほうが有意義かと」
「でも……」
「貴女はこれから不本意ながら星夜様の加護を受ける存在となるのです。なんでも一流のものを使っていただかなくてはならない。……そうでなければ、一族が納得しませんから」

 星夜は、黙っていた。……それはたぶん、肯定の沈黙だった。

 いくら鬼神族にお金があったって夜澄島になんでも揃っていたって、自分の身の回りのものくらい当たり前に持っていく気でいた。
 でも……持っていかないほうが、いいのかもしれない。
 一流のものを使うとか個人的にはどうでもいいし、自分の身の回りのものを用意してもらうというのは贅沢すぎて抵抗があるけど……。
 たぶん星夜や暮葉さんが言うからには、鬼神族のみなさんは本当に気にするんだ。

 私はこれから夜澄島で暮らすことになる。鬼神族のみなさんにも、これまで以上にお世話になるだろう。
 ……鬼神族や夜澄島の文化をあまり無視するわけにもいかない。

「……お姉ちゃん。やっぱり、星夜や暮葉さんのお言葉に甘えることにする」
「でも、歌子……自分が生活できるものくらいは持っていかないと、失礼よ」
「うん、普通ならそうかもしれないね。でも星夜たちが持ってこないでほしいって言うから、そうしようかなって」
「そう……」

 お姉ちゃんは、ちょっと納得していないようだったけれど……。
 それ以上、押しつけてくることはなかった。
 その代わりに、星夜たちに頭を下げる。

「すみません、なにからなにまで」
「気にすることはなにもない」

 星夜は、当たり前のように言い切っていた。

 結局、荷物はスマホや家の鍵といった、本当に最小限の身の回りのものと。
 あとは、自分の大切なもの……家族に今までもらった誕生日プレゼントとか手紙とか、デザインが好きで使っているペンとか、リュックひとつにすっぽりと収まる程度のものだけを、持っていくことになった。

 そして、いよいよ。
 私は家を出発する――。