私は、気になってお姉ちゃんに尋ねる。

「お父さんとお母さんは? なんて言ったの?」
「最初はね、やっぱり難しいんじゃないかって言ってたのよ……舞子はそもそも勉強が好きじゃないだろう、って。歌子の呪いならお父さんとお母さんも調べるから、舞子は進路を変えないほうがいいんじゃないかい、って」
「なるほどな。受験を決めるまで、ろくに勉強などしていなかったわけだ。だから反対された、と」
「……そ、そうですけど」

 普段はあまり怒らないお姉ちゃんも、さすがにちょっとむっとした顔を見せる。
 しかし星夜は動じず、言葉を続けた。

「だが貴様は結局、大学に合格し勉強し、卒業したわけだな。呪い持ちについても人間の分際では通常ありえないほどの理解もあるようだ――目的は達成されたと見ていいだろう。歌子のために呪いを解明できる勉強をしたいとの願いを、自分で叶えた。相当、受験に励んだのだろうな」

 お姉ちゃんは、気づいていないかもしれないけれど。
 星夜の表情はちょっとだけ、感心と賞賛を表明するかのように和らいでいた。

 その表情に気づいたらしい暮葉さんが、星夜様、と小声で鋭く星夜の名前を呼んだ。たしなめるかのように。
 星夜もはっとして、表情を引き締めわざとらしく言い放つ。

「まあ、妖力も霊力もない人間ができる、精いっぱいの小手先の知恵だが」

 ……なんか、わかんないけれど。
 修羅の鬼神様って、こうやって出来上がっていくのかな……。

「……そうですね、受験はいっぱいいっぱい、頑張りました。あんなに頑張ったことって、それまでの人生でなかったかもしれません。あんなにいろんなひとに反対されたのも初めてでした。ほとんど意地になって続けちゃいましたけど」

 星夜はお姉ちゃんを正面から見据える。

「叶屋舞子に雨宮星夜が尋ねる」
「は、はいっ、なんでしょうかっ」

 星夜の気迫で、お姉ちゃんは自然と背筋が伸びたようだった。

「貴様は十七歳のときの自分を子どもだと思うか」
「えっと、その、それはどういう――」
「いいから答えろ」
「……子どもといえば、子どもだったのかもしれません。でも完全に子どもだったかと言われると……なんとも……」
「十七歳といえば、いまの歌子とほとんど変わらない。十六歳の歌子を、自分ではなにも決められない、周りになにもかも決めてもらわねばならない子どもだと思うのか」
「……それは……その……」
「俺からすれば、叶屋舞子は十七歳のときに充分、大人だった。自分の意志で進むべき道を選び取っていた。わかるか、叶屋舞子。貴様の妹に、そのときが来ているのだ――自分の意志で進むべき道を選べるときが」

 お姉ちゃんは、深くうつむいた。
 緊張した沈黙が流れる。

「私だって、本当はわかってるんです。歌子はもう、小さな子どもじゃないんだって。でも……でも……こんなに急に、歌子が私から離れていくかもしれないなんて……私、私は……」
「お姉ちゃん……」

 お姉ちゃんは、両手で顔を覆う。

 ずっと、いっしょに暮らしていくと思っていた……。
 お姉ちゃんと、私と、寿太郎と、たまにお父さんとお母さんと。
 私だって、それは同じだった……。

 でも。……でも。

「歌子……やっと戻ってきたと思ったのに……出て行ってしまうの?」
「お姉ちゃん、ごめん……離れて暮らすのは、私もさみしいよ。でも」

 私は……自分の気持ちに、嘘がつけない。
 緊張で、犬の耳も尻尾もぴんと強張っている……でも。

「私、学校に通ってみたいの。夜澄島に暮らすことで、毎日学校に通えるなら、私は、そうしてみたいの」

 お姉ちゃんは両手を顔から離して、私をまっすぐ見る。
 そして――その目から、涙が次々とあふれてきた。

「やだ、歌子ったら……ほんとに、すぐに大人になっていくんだから……」

 お姉ちゃんは指の甲で涙を拭うと、ちょっとだけ微笑んだ。
 そして顔を引き締めて、私ではなく――星夜のほうに、向き直った。

「……ふつつかな妹ですが、お家でひと通りのことは教えたつもりです。歌子は……いい子です。歌子のこと。どうぞよろしくお願いいたします――」

 お姉ちゃんは、深々と頭を下げた。
 ……私も泣きそうになってしまって。でも、ここで私が泣いちゃいけないような気がして、うつむいて涙を堪えたのだった。