鬼神の愛犬になりました

 ……心が、ぐらつく。

 けれど、もし本当の本当に、星夜の提案を受け入れるとしても――私にはまだ、大きな問題が残っていた。
 CDショップのアルバイトのことだ。

「……でも、もし学校に通えたとしても。私はいま、アルバイトもしています。明後日からもシフトが入ってるんです。明後日は、早番だから午前から。学校に通うから、引っ越すからって、簡単に辞めるわけにはいきません」

 お姉ちゃんが心配そうに口を開く。

「歌子。どちらにしろ、もうアルバイトは辞めたほうがいいと思うの。今回のことでわかったでしょう……やっぱり、無理してアルバイトなんてする必要ない、って」

 お姉ちゃんが心配してくれるのもわかる……けど。

 たしかに、最初は高校に行けない代わりのように始めたことだった。
 でも、いざこうして辞めるかもしれないとなると――思いのほか、寂しさや心残りが、大きいのだった。

「歌子。――貴様は、どうしたいんだ」

 星夜は、私をまっすぐ見て――問うてくる。

 ああ。駄目だな、やっぱり。
 こうして星夜にまっすぐ訊かれると――私はどうも、嘘がつけなくなってしまうみたいだ。

「……私は、アルバイトを続けたい」
「それは、なんのためだ?」

 なんのため――。
 あらためて真正面から聞かれると、戸惑う。

 ……考えながら、ゆっくりと、口を開く。

「だって、急に辞めたら迷惑がかかるし、次のアルバイト先がすぐに見つかるとも思えない……将来のために、貯金もしたいから」
「ならばこれ以上働く必要はない。貴様の望むだけ、金も与えよう」

 夜澄島で過ごしてみて、とっくにわかってる。
 鬼神族はお金持ちだ。星夜の言葉に、偽りはないのだろう。
 ……でも。

「簡単に、お金を受け取るわけにはいきません。自分で稼いだお金だから意味があるんです」

 ほかのだれかに出してもらったお金ではなく――自分で働いて得た、価値だから。

「それに。CDショップの店長さんやみなさんには、とてもよくしてもらってるんです。……こんなに、シフトに融通の利かない私なのに」

 浅草橋駅前の、小さなCDショップ。
 大手チェーン店の名前は冠していたけれど、働きはじめたら実は、店長のひいおじいちゃんが開いたレコード店が始まりの、小さな小さなCDショップだった。
 店長の代で、CDが売れない時代が始まって。どうにかしようと大手チェーン店のフランチャイズに参加して……代々受け継いできたお店の名前こそ変わったものの、フランチャイズに参加する試みは成功して、お客さんの来てくれるお店に変わったのだという。

 店長とアルバイトの仲も、アルバイト同士の仲もよくて。
 居心地のよい場所なのだ。

「学校に毎日通うってなれば、これまで通りにシフトに出るのは難しくなります。平日の午前や昼間にも出勤できるから雇ってもらえたところもあるのに、学校に通うことになるから急に出られませんってなるのは、心苦しくて。私がいなくなったところをだれかが埋めなくちゃですし……」

 私の代わりなんて、いくらでもいるのだろうけれど。
 私は、よくしてくれた店長やお店のみなさんに報いたかった。

「私にとっては、あのCDショップはもう、ただのアルバイト先ってだけじゃなくて……居場所のひとつなの」