鬼神の愛犬になりました

「歌子……」

 お姉ちゃんは、胸に手を当てて複雑そうな表情で私を見ている。
 私が学校に行けなくて塞ぎ込んでいたのを、だれより一番そばで見ていてくれた。優しく私を育ててくれた。私の呪いをどうにかしたくて、進路まで変えてくれた。

 でも、私はこれまで、はっきりと言葉にはしてこなかったのだ――。
 学校に行きたい、……と。

 そんな叶わない望み、言葉にしたら――ただ虚しくなってしまうだけだ、って思ってきたから。
 お姉ちゃんも自分自身も、悲しくさせるだけだって、思ってきたから。

「わかった。叶えよう」

 けれど。
 星夜はすぐに、なんのためらいもなく、そう言った。
 なにが難しいんだと。その程度の望み、すぐに叶えてやると言わんばかりに、堂々と――。

「……本当に、できるの? 私が学校に通うなんて――」

 これまでの、学校にまともに通えなくてつらかった記憶が、あふれだす。

「月に一週間も、お休みしなくちゃならないんですよ? 定期テストがあっても、文化祭や運動会があっても。絶対にこの日は来い、って日に行けなかったりするんですよ? 理由も説明できずに……ただ……サボりがちな子だって、同級生にも周りにも誤解されたり、しますし」

 私は、思わず両手の拳を強く握った。
 サボりがちな子だと誤解されて、心ない悪口を言われたり的外れなお説教をされたことは、一度や二度ではない。

「私なんかが行ける学校なんて……この世に、あるんですか……」
「貴様は毎日学校に通える」

 あんまりにもきっぱりと、星夜が言うから。
 私は顔を上げて、彼の顔を見る。

「どうやって……」
「幽玄学院に通え」

 幽玄学院――どこかで聞いたことがあると思ったら、そうだ、……星夜がいない昼間に私の面倒を見てくれた夕樹さんが通っているという学校だ。

 ……でも、その学校は。

 お姉ちゃんが、おずおずと口を開く。

「……幽玄学院って、あやかしの方々の学校ですよね。それも、有力で裕福なあやかしのご子息やご息女だけが通われている……特別な学校ですよね。一般人は受験もできないと聞いています。歌子はまず、入学もできないのではないでしょうか」

 私も、それが言いたかった。
 有力で裕福なあやかしの子どもだけが通っているとか、一般人は受験もできないとか、そういうのは知らなかったけれど。
 夕樹さんがいつもしていた話から考えると幽玄学院はおそらくあやかしの学校だから、私は行くことができないんじゃないか、って。

「そうだ。普通の人間であれば、門に近づくことさえ許されない。だが、歌子は入学できる」
「それは、どうしてでしょうか」

 仏頂面の暮葉さんが、戸惑うお姉ちゃんに答える。

「星夜様は幽玄学院の名誉理事長でいらっしゃる。直々にご推薦があれば、生徒ひとり増やすことなど他愛ないに決まっておろう」
「――ゆ、幽玄学院の、め、名誉理事長。あ、あ、あの幽玄学院の……」

 お姉ちゃんは口に手を当てた。
 私は小声でお姉ちゃんに聞く。

「……幽玄学院って、そんなにすごいの?」
「な、な、なに言ってるの歌子。幽玄学院といえば、あやかし界の最高峰の学校よ! ご出身の方は、政治とか芸能界とか、あらゆる分野でご活躍されているあやかしの方々ばっかり。あの飛空永久花さんだって幽玄学院のご出身だし――」
「星夜様も幽玄学院のご出身だ」

 へえ、そうなんだ。
 私は星夜の横顔を見る。

 わからないけれどたぶん、幽玄学院ってすごい学校なんだな。
 ……高校受験を諦めた私は、周りが学校の特徴やら難易度やらを調べて行きたい学校を決めているのが眩しすぎてつらくて、耳を塞ぐように避けてきた。
 だから、高校のすごさや違いというものが漠然としかわからなくて、いまいちピンときていないのかもしれない。

 そして。
 幽玄学院、そのものもすごいんだろうけれど。

「名誉理事長……って、すごいんじゃないですか?」
「な、なにを言っているんだ、おまえはとことん星夜様に失礼だな! あのな、そもそも名誉理事長というお立場は――」
「……先代の長の役職を、そのまま継いだだけのことだ。だれかがやらねばならぬから、務めているだけのこと」

 あ、また、星夜の返事の歯切れが悪い――。
 だが、すぐに歯切れの悪さは消える。

「そんな話は、もういい。幽玄学院高等部は、日本の法律で認められた高校でもある。歌子が通うのに不足はないであろう」
「不足はないと思いますけど……それどころか……」

 あやかしばっかりが通う、すごい学校。
 それも、エリートの学校。

 そんなすごい学校に、私なんかが通っちゃっていいのだろうか……。