お姉ちゃんが、戻ってくる。
「お父さんとお母さん、アマゾンの奥地の探検、続けるって。これからまた電波の入らないところに戻っちゃうから、歌子の元気な声が聞きたいって。話してあげて」
私は通話を替わり、お父さんとお母さんと言葉を交わした。
本当に気をつけてね、とお互い言い合って、通話を切る。
「お父さんとお母さん、ほんとにすごく心配してたよ。凶暴な獣に追われているときよりも生きた心地がしなかった、って。それと、寿太郎にも連絡しておいたから。すぐに返信きたよ。ばか歌子、今度新しいバット買え、って。あとで寿太郎にもお礼を言って、安心させてあげてね」
「ごめんね、ほんとに心配かけた……」
「帰ってきたからよかったけど。もう、ほんとにこれからは気をつけてね……それで、お待たせしました」
お姉ちゃんはダイニングテーブルの椅子に座り、星夜と暮葉さんと向き合う。
私も、お姉ちゃんの隣に座った。
「ご挨拶も充分にできなくて、申し訳ありません。改めまして、叶屋歌子の姉、叶屋舞子と申します。聞いてらっしゃったかもしれませんが、うちは父と母が不在がちで、私が普段は親代わりのような存在です。ですので、お話は充分に伺えるかと」
「話も何もない。結論から言う。こいつを、夜澄島に迎え入れる」
「ええと、それはつまり……どういうことでしょうか?」
お姉ちゃんは、突然言われて何が何だかって感じだった。
私の首輪も気になっているようだ……。
私は、お姉ちゃんにこれまで起こったことを説明した。
バイト帰りに犬に変身してしまって、交通事故に遭ったものの、星夜が助けてくれて。夜澄島で、可愛がられて過ごして。
人間のすがたに戻りはしたけれど、星夜は私を夜澄島に迎え入れるつもりなのだと。
鬼神族にとって私が有益な存在だから、という理由を、星夜は、やたらに強調した。
犬が好き、という話に触れようとすると途端に星夜の殺気が増すので、そこはスルーしてあげておいた。暮葉さんもスルーしてほしかったようだしね……。
お姉ちゃんはほとんど口を挟まず真剣に話を聞いていたけれど、説明がひと通り終わると、少し眉をひそめて口を開いた。
「……そうだったんですね。歌子を助けていただいたことは、心から感謝いたします……ぜひ、できる限りのお礼もさせてください。ですが……歌子を夜澄島に迎え入れる、というお話のほうは……」
お姉ちゃんは、言葉を選んでいるようだった。
「鬼神族のみなさまにとって、歌子が有益というのは……歌子が、呪い持ち、だからですか? 歌子がいると、あやかしである鬼神族のみなさんのお力が高まって、戦いに便利だから……でしょうか?」
「……そうだな。その通りだ」
星夜の答えは歯切れが悪かったけれど、お姉ちゃんは気がつかなかったようだった。
「歌子のこと。私、ずっと、お家のなかで守ってきたんです」
お姉ちゃんは、視線を伏せた。
「……ごめんなさい。少し、長い話になってしまうかもしれませんが。歌子が呪いを発動させたのは、十歳のとき……私は十七歳でした。呪いを発動させてからの歌子は、とってもつらそうで……あんなに活発で、学校に行ってお友達と遊ぶのが好きな子だったのに、呪いのせいで、外で遊んだりお友達と遊んだり、望むようにできなくなって。歌子の呪いをどうにかしたくて……私はお父さんとお母さんとも相談して、進路を全部変えたんです。歌子の呪いが解明できるような勉強をしよう、と」
星夜はお姉ちゃんの話をじっと聴いていた。私も、黙って聴いている……お姉ちゃんが自分の話をするのは、珍しかった。
私のために進路を変更していたことも、はじめて聞いた。
「大学では、民俗学を学びました。あやかし専門のゼミに入って、卒論ではあやかしと呪いの関係について研究しました。けど、いくら勉強しても勉強しても、結局……妹の呪いをなくしてあげられる方法は、わかりませんでした。尻尾のようなものは……いくつか、掴んだんですけれど」
「もしかして、呪い持ちはあやかしの力を高めるって突き止めたのも――お姉ちゃんなの?」
「私が突き止めたわけではないけれど……そうね、そういう資料を探すのは、けっこう骨が折れたかな」
暮葉さんが顔をしかめる。
「当然だ。我々あやかしでさえ、呪い持ちについては把握しているところが少ない」
お姉ちゃん……あっさりと言ったけれど。呪い持ちについて調べてくれたのって、相当すごいことなんじゃないのかな。
「……そうだったんだ。ありがとう、お姉ちゃん。私のために、進路まで変えて……」
「ううん。歌子のためだもの。それに、民俗学もあやかしの勉強も実際にやってみたらけっこう面白かったの。だから、歌子が気にすることは、なにもないから。……それで」
お姉ちゃんは真剣な顔になって、星夜に向き直る。
「どうして、こんなお話をしたかというと……私が歌子をどれだけ大事に想っているか、お伝えしたかったんです。歌子は、戦いを好むあなたがたにとっては力を高める道具なのかもしれません。でも、私にとっては大事な大事な妹なんです。あやかしのみなさまにお渡しするわけには、いきません。そうならないように――これまでずっと家で、大事に大事に、守ってきたんですから」
どうしますか、とでも言いたげに暮葉さんは星夜さんに目配せをした。
星夜は、重々しく――口を開く。
「お父さんとお母さん、アマゾンの奥地の探検、続けるって。これからまた電波の入らないところに戻っちゃうから、歌子の元気な声が聞きたいって。話してあげて」
私は通話を替わり、お父さんとお母さんと言葉を交わした。
本当に気をつけてね、とお互い言い合って、通話を切る。
「お父さんとお母さん、ほんとにすごく心配してたよ。凶暴な獣に追われているときよりも生きた心地がしなかった、って。それと、寿太郎にも連絡しておいたから。すぐに返信きたよ。ばか歌子、今度新しいバット買え、って。あとで寿太郎にもお礼を言って、安心させてあげてね」
「ごめんね、ほんとに心配かけた……」
「帰ってきたからよかったけど。もう、ほんとにこれからは気をつけてね……それで、お待たせしました」
お姉ちゃんはダイニングテーブルの椅子に座り、星夜と暮葉さんと向き合う。
私も、お姉ちゃんの隣に座った。
「ご挨拶も充分にできなくて、申し訳ありません。改めまして、叶屋歌子の姉、叶屋舞子と申します。聞いてらっしゃったかもしれませんが、うちは父と母が不在がちで、私が普段は親代わりのような存在です。ですので、お話は充分に伺えるかと」
「話も何もない。結論から言う。こいつを、夜澄島に迎え入れる」
「ええと、それはつまり……どういうことでしょうか?」
お姉ちゃんは、突然言われて何が何だかって感じだった。
私の首輪も気になっているようだ……。
私は、お姉ちゃんにこれまで起こったことを説明した。
バイト帰りに犬に変身してしまって、交通事故に遭ったものの、星夜が助けてくれて。夜澄島で、可愛がられて過ごして。
人間のすがたに戻りはしたけれど、星夜は私を夜澄島に迎え入れるつもりなのだと。
鬼神族にとって私が有益な存在だから、という理由を、星夜は、やたらに強調した。
犬が好き、という話に触れようとすると途端に星夜の殺気が増すので、そこはスルーしてあげておいた。暮葉さんもスルーしてほしかったようだしね……。
お姉ちゃんはほとんど口を挟まず真剣に話を聞いていたけれど、説明がひと通り終わると、少し眉をひそめて口を開いた。
「……そうだったんですね。歌子を助けていただいたことは、心から感謝いたします……ぜひ、できる限りのお礼もさせてください。ですが……歌子を夜澄島に迎え入れる、というお話のほうは……」
お姉ちゃんは、言葉を選んでいるようだった。
「鬼神族のみなさまにとって、歌子が有益というのは……歌子が、呪い持ち、だからですか? 歌子がいると、あやかしである鬼神族のみなさんのお力が高まって、戦いに便利だから……でしょうか?」
「……そうだな。その通りだ」
星夜の答えは歯切れが悪かったけれど、お姉ちゃんは気がつかなかったようだった。
「歌子のこと。私、ずっと、お家のなかで守ってきたんです」
お姉ちゃんは、視線を伏せた。
「……ごめんなさい。少し、長い話になってしまうかもしれませんが。歌子が呪いを発動させたのは、十歳のとき……私は十七歳でした。呪いを発動させてからの歌子は、とってもつらそうで……あんなに活発で、学校に行ってお友達と遊ぶのが好きな子だったのに、呪いのせいで、外で遊んだりお友達と遊んだり、望むようにできなくなって。歌子の呪いをどうにかしたくて……私はお父さんとお母さんとも相談して、進路を全部変えたんです。歌子の呪いが解明できるような勉強をしよう、と」
星夜はお姉ちゃんの話をじっと聴いていた。私も、黙って聴いている……お姉ちゃんが自分の話をするのは、珍しかった。
私のために進路を変更していたことも、はじめて聞いた。
「大学では、民俗学を学びました。あやかし専門のゼミに入って、卒論ではあやかしと呪いの関係について研究しました。けど、いくら勉強しても勉強しても、結局……妹の呪いをなくしてあげられる方法は、わかりませんでした。尻尾のようなものは……いくつか、掴んだんですけれど」
「もしかして、呪い持ちはあやかしの力を高めるって突き止めたのも――お姉ちゃんなの?」
「私が突き止めたわけではないけれど……そうね、そういう資料を探すのは、けっこう骨が折れたかな」
暮葉さんが顔をしかめる。
「当然だ。我々あやかしでさえ、呪い持ちについては把握しているところが少ない」
お姉ちゃん……あっさりと言ったけれど。呪い持ちについて調べてくれたのって、相当すごいことなんじゃないのかな。
「……そうだったんだ。ありがとう、お姉ちゃん。私のために、進路まで変えて……」
「ううん。歌子のためだもの。それに、民俗学もあやかしの勉強も実際にやってみたらけっこう面白かったの。だから、歌子が気にすることは、なにもないから。……それで」
お姉ちゃんは真剣な顔になって、星夜に向き直る。
「どうして、こんなお話をしたかというと……私が歌子をどれだけ大事に想っているか、お伝えしたかったんです。歌子は、戦いを好むあなたがたにとっては力を高める道具なのかもしれません。でも、私にとっては大事な大事な妹なんです。あやかしのみなさまにお渡しするわけには、いきません。そうならないように――これまでずっと家で、大事に大事に、守ってきたんですから」
どうしますか、とでも言いたげに暮葉さんは星夜さんに目配せをした。
星夜は、重々しく――口を開く。


