お台場エリアから私の自宅がある浅草エリアまで、車で四十分程度で到着する。

 およそ一週間ぶりの自宅。
 私の家は、なんてことない住宅街にある。
 二階建てのごくごく平凡な家の前に黒塗りの大きな高級車が停まっているのは、なんとも異様な光景だった。

 どこに車を置いてきたのか、見張りのひとたちが何人か家の周囲に立つ。
 みなさん、ぱっと見は普通の人間と変わりないんだけれど、全員が鬼神だというのだから現実味がない。

 星夜と暮葉さんだけが、車を降りて私の後ろに立つ。

 犬に変身するときに服も荷物も全部なくしてしまったので、家の鍵もなくインターホンを押す。

「はい……」

 今日は平日のはずだけれど、お姉ちゃんの声がした。
 いつもの穏やかな声とは似ても似つかない、疲れ切った声だ……。

「お姉ちゃん、私だよ、歌子! 帰ってきたよ――」

 すべて言い切る前に、ばたんばたんと慌てた音がして、がちゃりとドアが開く。
 出てきたのは、憔悴しきった顔のお姉ちゃんだった――けれど私の顔を見ると、やつれた顔が急に生気を取り戻す。

「歌子……? 歌子なのね」

 お姉ちゃんは、私のもとに歩み寄ってくると――。

 ぱんっ。

 鋭い音が、平日の昼間の静かな住宅街に響いた。
 じん、と頬が熱をもち、痛みを感じる。
 私は頬に手をやった。
 ……頬を張られたのだ、と一瞬遅れて気がついた。

「ばかっ……どれだけ、心配したと思ってるの!」

 お姉ちゃんは、いつも優しい。怒ると怖いけど……手を出すことなど、これまでなかった。
 そのお姉ちゃんが、こんな厳しい顔をして、頬を張ってきたのだから……どれだけ、心配させてしまったのか。

「ごめんね、お姉ちゃん……私……」
「ほんとに……ほんとに、心配したんだから!」

 お姉ちゃんの目から涙がだくだくと溢れる。
 その顔は、いつもの優しいお姉ちゃんだった。

 お姉ちゃんは近づいてくると、私をぎゅっと抱き締めた。

「歌子……! 生きてたのね、よかった、ほんとに、よかった」

 私は胸がいっぱいで、どう返したらいいかわからずに、腕を回してお姉ちゃんを抱き締め返した。
 私も、じんときてしまう。
 気がつけば、ふたりでわんわん泣いていた。

 お姉ちゃん……もう、外で犬に変身したりして、心配させないからね……。

「――星夜様。本日もスケジュールが詰まっております。早々に話を進められたほうが」

 暮葉さんが言うのが聞こえた。
 けれど、星夜はなにも返事をしなかった。

 お互い、涙が出尽くしたころ。
お姉ちゃんはそっと私から身体を離した。

「……ところで、そちらの方々は……?」
「雨宮星夜だ」
「ええっ――ま、まさかとは思いますが、夜澄島の?」
「そうだ」
「えっ、えっ、ええっ、な、なんでなのっ、歌子っ」

 再会の涙も一転、お姉ちゃんは私の肩を両手で掴んでぐらぐらと揺らす。

「お姉ちゃん、ちょ、ちょっと、揺らしすぎ」
「叶屋歌子の家族だな。この俺から、直々に話がある」
「と、とりあえず外ではなんですから、上がっていただいて……」

 お姉ちゃんは、星夜と暮葉さんを家のなかに案内する。

 ……そういえば、星夜は。
 暮葉さんに、スケジュールが詰まっていると言われたのに、私とお姉ちゃんが泣いているときに声をかけてきたり、しなかったな……。

 待っててくれたのかな。
 いやいや、ただ面倒で私とお姉ちゃんが落ち着くのを待っていただけかも――そう思いつつも。
 やっぱり、待っててくれたのかな、という思いも拭いきれないのだった。