夜澄島は東京湾にぽっかりと浮かぶ島。
 普段は橋を上げているけれど、行き来するときには橋をかけるらしい。

 星夜の部屋の裏で待機していた高級そうな黒塗り車に乗って、ゆっくりと島の出口まで移動すると、まるで鬼ヶ島のような古風で和風な大きい門が現れた。
 島の入り口で、門番らしき人が恭しく頭を下げて門の脇の木でできたレバーのようなものを操作すると、轟音とともに巨大な橋がお台場の陸地まで倒れるように現れる。

 現世橋(うつしよばし)――と、いうらしい。

 さすが、鬼神族。
 橋ひとつ、所有してしまうのか。

 私は星夜と一緒に、広々した後部座席に座った。
 車が発進する。
 後ろから、何台か車がついてきた。警護のひとたちの車だという。

 まっすぐすいすい運転しながら、暮葉さんが得意そうに言う。

「レインボーブリッジか、われらが夜澄島の現世橋か、というところですよ」

 星夜は暮葉さんに言う。

「余計なことを言うな」
「……失礼いたしました」

 現世橋を渡りきる直前、星夜がぶっきらぼうに帽子を差し出してきた。
 いま借りている星夜の紺色の着物にもよく合う、和風の帽子だった。

 私はとりあえずそれを受け取りながら、星夜に尋ねる。

「これは……?」
「耳を隠せ。その可愛らしくもふもふな犬耳が隠れてしまうのは残念極まりないが……いや、いまのは聞かなかったことにしろ。この車は外から中が覗き込めないようになっているが、それでも用心するに越したことはない」
「私が呪い持ちだとわかれば、いろんなあやかしが狙ってくるから――?」

 星夜は前を向いたきり返事をしなかったが、横顔の雰囲気から、肯定しているんだとわかった。

「マスコミに妙な詮索をさせないためでもあります。星夜様が女性と同乗しているなどバレたら……ああ、おそろしい、おそろしい」

 暮葉さんは大きなため息を吐つく。
 星夜の言っていることも暮葉さんの言っていることも、どちらもごもっともなので、私はおとなしく帽子をかぶった。

 ……ちなみに。
 耳と尻尾が隠れるように帽子と和服は貸してくれたが、首輪は外してくれなかった。
 というよりか、外したい、と言い出せない雰囲気だった。
 本当は、窮屈だし外したいのだけれど……。

 あとはなにを話すでもなく、私の自宅へ向かった。