暮葉さんはやってくるなり、悲鳴じみた声をあげた。

「せ、せ、星夜様、そ、そ、その女性は……ま、まさかとは思いますが、一夜をともにしたわけではございませんよね? き、き、鬼神族の長が女性と夜を越したなど、せ、せ、世間に知れたら」
「掟破りはしていない」

 星夜はうんざりしたように言った。
 掟――けっして、愛する者をつくってはならないという、鬼神族の鉄の掟のことだろう。

「この者を、夜澄島に迎え入れる」

 堂々と宣言する星夜。
 ぽかんとする暮葉さん。

 ふたりの脇で、星夜の和服を借りて着た私は縮こまっていた。
 和服には、尻尾が収まりきらなくて……不格好に、はみ出てしまっている。

「……ええと。星夜様。迎え入れるとは、どういうことでしょうか」
「俺の部屋で暮らさせ、鬼神族の特別な一員として正式に迎え入れるということだ」

 暮葉さんは理解に苦しんでいるようだった。

「失礼ながら、そもそも、そちらの方は?」
「なにを申している。俺が五日前に拾い、世話している大きな白い犬だ。耳も尻尾もあるだろう」
「あの白い犬? これが……?」

 暮葉さんはじろじろと私を見る。
 これ、とはずいぶんな言いようだ。

 ふたりは、鬼神らしい――あやかしらしい会話を始める。

「あやかしではないのですか。化けるのが下手な、下級の狐かなにかでは」
「水色の首輪を見ろ。俺がくれたものだろう」
「たしかに……。ですが、人間と犬を行き来する存在など、聞いたことがございません」
「この者は、呪い持ちだ。普段は人間だが、満月のころには犬となる」
「――呪い持ち」

 暮葉さんの顔色が、急に変わった。

「……なるほど。つまり……近頃の霊力の高まりも……」
「そうだ。説明がつく。この者を迎え入れるのは、鬼神族にとっても益となる」
「それは……そうですが……しかし。星夜様が女性を侍らせているなどと世間に知れたら。霊力の高まりのメリットを考えても、リスクが大きすぎます。一族の反発も大きいでしょう。わざわざ夜澄島に迎え入れずとも、たとえば通いで来ていただくだけでもいいのでは」
「通いでは、霊力の高まりは充分ではない。リスクと言うのであれば、この者が他の者に利用されるリスクのほうが大きい。更に、この者が我々の内部情報を知りすぎたことによるリスクもある。つねに手元で監視をしておくほか、俺の結論はない」
「……それも、そうですが」

 暮葉さんは眼鏡をくいっと上げて、思案する表情になった。

「一族は黙らせろ。天狗族との聖戦に向け、お上が霊力の恵みたる白犬を与えたもうたと、宣言するのだ。恵みの白犬のおかげで、霊力はかつてないほど高まっている。勝利の(とき)は近い、と」
「……ですが」
「貴様と問答をする気はない。これは一族の勝利を考えてのことだ」
「……承知しました。貴方さまの戦いの策は、つねに強く正しい。緊急会議を開き、この者を迎え入れてよいか、一族に問いましょう。……我らが勝利のために」
「ちょ、ちょっと待ってください」

 私は声を上げずにいられなかった。