「理由は三つある。ひとつには、貴様は知りすぎたということ」
「そう、ですよね」

 修羅の鬼神様の、おそらくだれも見てはいけなかった面を見てしまったし。
 天狗族をはじめ、ほかのあやかしたちとの微妙な関係なんかも知ってしまった。メディアで報道される以上のことを、たくさん、たくさん。

 だから、口止めのために私を見張っていなければならないのは、まあ、まだわかる。
 けれどそれだけでは、夜澄島に留めておく決定的な理由にはならないはずだ。
 私に監視でもなんでもつけておけばいい。

「ふたつには、貴様には霊力を高める力があるということ」
「それは……呪い持ち、だから?」

 お姉ちゃんから口を酸っぱくして言われていたことを、思い出す。
 呪い持ちであることは、隠さなければいけない。なぜなら、あやかしたちに狙われるから。
 では、なぜ狙われるのか。それは、あやかしの力を強くするから。

「そういうことだろう。そばにいて、貴様から何か霊力を感じるわけではない。だが、呪い持ちだと聞いて合点がいった――近頃、夜澄島の霊力が急に高まったのは、おそらく貴様が原因だ」
「……なるほど」

 ぜんぜん、現実味がない。
 霊力を高める、ねえ……。
 自分には霊力も妖力もなにもないのに、高めることだけはできるのか。
 つくづく、呪い持ちってよくわからない……。

「三つには……」

 星夜は、言いよどんだ。

「いや、これはいい」
「なんでですか。ここまで聞いておいて、気になります」

 私は星夜を見上げる。
 三角の耳が、好奇心とともにぴこぴこ動いている。

 ……星夜はそんな私の耳と尻尾を交互に眺めて、大きなため息をついた。

「だれにも言わないと約束しろ」
「はい。言わないって、約束します」
「俺はな……俺は……」

 星夜は気まずそうに、やけに口ごもる。

「犬が、大好きなのだ……」
「知ってますけど!」

 思わず、大声が出てしまった。
 このひと。そんな。そんなの。……今更すぎる。

 星夜は立ったまま、肩を落とす。

「ほかのあやかしが好きなわけではないが、正直、人間は苦手だ……霊力も妖力もほとんど持たないくせに、小手先の道具を開発し、権利だけ主張する小狡い生き物だ。あやかしのように筋も通さない……嘘をつき、弱く、逃げる。あの可愛い白い犬が、まさか人間だったとは……信じたくない」
「それは、まあ、なんか……すみません」

 私が人間であるのは私のせいじゃないのだけれど、いちおう謝っておいた。
 あんまりにも星夜ががっくりとしているから……。

 と思ったら、星夜は急にこちらをぎろりと見てきた。

「だが、貴様、二言はないな?」
「え?」
「そのふさふさで大変可愛らしい……いや……いまのは聞かなかったことにしろ、……ともかく、いま貴様に生えている犬の耳と尻尾は幻術のたぐいではなく本物で、次の満月がめぐりくればまた貴様はあの白い可愛い犬に成る――それは真実だと、誓って言えるな?」
「はい、それは、もちろん」

 背筋を伸ばすと、尻尾も耳も、ぴんとなる。
 とくに嘘をつく理由がない。

「……では、いい……」
「……なにが?」
「月に一度、犬に成るというのであれば、俺は貴様をこのまま飼い犬として飼うことにしよう。ついに、ついに自分の犬が飼えるのだ……人間だということ、月に一度だけということに目を瞑ってやる価値があるというものよ――ははは、ははははは!」

 私はあっけにとられて、ええっ、とつぶやいたまま動けないでいた――ほんとは人間なのに、飼い犬として飼う、とか。
 ……そんな発想、ありなの?

 ……そしてそのあんまりにも大きな笑いに、ばたばたとだれか近づいてくる気配がしますけど……暮葉さんのような気がする……。
 星夜はふと笑うのをやめて、なにか思い出したかのように視線を逸らした。

「もうひとつ言っておきたいことがある」
「はい、なんでしょう」
「……こんなことを俺に言わせる貴様は愚かだが」

 はい? という思いを込めて、私は首をかしげる。

「服を着ろ。……やむを得まい。俺の和服を貸してやる」

 あっ、と思わず声をあげてしまった。
 そうだ。そうだった。
 あんまりにも緊張感ある状況で、毛布だけ胸もとに上げてから忘れてしまっていたけれど――私はいま、犬の耳と尻尾を除けば裸の状態。

 星夜が押し入れから出してくれた紺色の和服を、なんとなくお互い視線を合わせないようにしながら着る。
 私にはぶかぶかのサイズで、すっぽり埋まってしまうような着方になった。
 ……彼の匂いがして、あたたかい質感だった。