無理に起きる気もなかったのだけれど、明け方の気配が近づいてくるころぱっちりと目を覚ましてしまった。
 夜澄島の……すっかり慣れた、清廉な水の匂い。

 星夜はすやすやと静かに眠っている。
 私を抱く腕は、離さないまま。

 ああ。もうすぐ日がのぼる。
 そうしたら、私の身体は――。

 いつもの、全身がかっと熱をもつような、強烈な予兆がやってきた。

 腕や脚が、めきめきと伸びていく感覚。布団の感触が急に鮮やかになる。体毛がなくなるぶん、布団の感触が素肌にそのまま伝わってくるのだ。
 あらゆるにおいが、急に遠ざかる。においを感じなくなるわけではないけれども、人間並みの嗅覚に戻る。

 明けつつある薄明りのなか、私は自分の手をしげしげと見た。
 肌色の、五本指。
 わきわきと、動かしてみる……うん、人間の手だ。

 戻って……しまった。
 ついに。

 耳と尻尾だけは、犬のままだけど……。
 もうこの格好では、だれも私をただの犬とは思わないだろう。

 ……星夜は、まだ寝ている。
 いまなら、もしかしたら逃げられるかも……。

 恩返しはあとでかならずするからね。
 声に出さずに語りかけて、そろりと――星夜の腕を、ほどこうとしたときだった。

「ん? どうしたのだ……」

 とろんと、愛おしそうに言った星夜は――直後、顔色を変えた。
 一瞬にして起き上がり、布団を跳ねのけ立ち上がり、私に向けて右手を向ける。
 紅い眼は、静かな怒りで光っている。

「曲者め。始末する」

 星夜の右手から、なんか……紅いオーラみたいな球が出ている。
 熱さも感じる。あれは……炎?

 やばい。
 このままでは、丸焦げにされてしまうかもしれない。

 争いが嫌いって言っていたのに、話も聞かずに相手を始末しようとするなんて。
 鬼神族の長という立場を考えれば仕方ないのかもしれないけれど、スピード感がすごい。

 私は毛布をつかんで裸の胸もとや下半身を隠しながら、必死で声を出す。

「星夜、ち、違う」
「言い訳は聞かない。……だがそうだな、ひとつだけ問おう。ここにいた白い犬を、どこにやった?」
「私が、その犬なんですっ」
「なにを申して――」
「よく見て。これ、耳、これ、尻尾」

 白い耳も尻尾も、明け方の薄暗さのなかでは、見えづらかったかもしれない。
 私は耳と尻尾をくいくいと動かしてみせた。
 耳と尻尾だけの状態でも感覚は通っていて、自分で動かすこともできる。

「私、あなたに拾われた白い犬ですっ。車に轢かれたところを助けていただいて、傷も治していただいて、ほんとうにありがとうございます――あ、あの、とりあえずその物騒なやつ、下げてくれません……?」

 星夜は、呆然としている。
 右手の紅い球はしゅるしゅるとしぼんで、消えてなくなった。

「貴様が――あの、白い犬だと?」

 怖い……。
 犬のすがたの私には、あんなに優しかったのに!