首輪がやっと決まったとき、何時だったのかはわからない。
星夜の部屋には時計がないのだ。
でも光の加減や空気のようすから、まだ朝だとわかった。
星夜は、やっぱり超多忙らしい。
暮葉さんがやってきて読み上げる分刻みのスケジュールは、聞いているだけでくらくらした。
だけど星夜にとっては日常なのだろう、顔色ひとつ変えずにスケジュールを把握しているようだった。
妖狐族との会談や、雪女たちとの打ち合わせ、果ては会社の運営や、あやかしたちの通う学校の行事など、いっぱいやることがあるみたいだけど。
天狗族との争いについてが、いま一番の関心事のようだった。
基本的には、星夜は夜澄島にいて仕事をしているのだという。
鬼神族は最も力を持つと言われるあやかしだ。それなりに力の強い妖狐族や雪女たちも、鬼神族の長である星夜と話をするとなれば向こうから出向いてくるらしい。
ひと通り、暮葉さんの説明するスケジュールを聞き終わったあと――。
「今日は仕事を早く切り上げる」
星夜がそう言うと、暮葉さんはじとっとした目を星夜に向けた。
「まさかとは思いますが、犬がいるから早く帰りたいのですか」
星夜は黙り込む。
いい加減わかってきたけれど、星夜ってたぶん……嘘をつくのが苦手だ。
暮葉さんは大きなため息をついた。
星夜は私の頭をなでなでする。
まるで精神を安定させるかのように。
「この子は怪我をしているのだ。朝昼晩と包帯も替えてやらねばならない。本来であれば俺がつきっきりで世話をするところを」
「そんなわけにはまいりません。世話の手配もしています。今回も、夕樹に。彼女ならばよろしいかと存じますが」
「夕樹に頼むのは構わない。だが、俺も仕事の合間、この子の様子を見に頻繁に戻ってくる。この子が退屈していてはいけないのでな。そして仕事を早々に切り上げ、この子に会いに戻ってくる」
「ああ。この世の宝。いつまでも大事にしたい。ずっとこの幸福が続けばいいのに」
「貴方様の犬好きには、まったく困ります……」
そして。
暮葉さんが出て行って、星夜も仕事の支度を終えたようだった。
「それでは、行ってくる」
障子の前に立つ星夜を、私は見上げる。
星夜は別れがたそうな表情をしていた。
「夕樹がもうすぐ来るであろう。夕樹は暮葉の妹で、鬼神族では珍しく、犬を可愛いと思える心の持ち主だ。困ったことがあれば何でも伝えるとよい。……しかし。しかし」
星夜は急にしゃがみ込むと、頭を抱え込んだ。
「俺にやるべき仕事があるために、おまえと一時とはいえ離れてしまうなんて、俺はなんと罪深い。ああ、おまえとともにいたい……もふもふしていたい……」
大丈夫だよ、そんなに気に病まなくても……。仕事なんだし。
そんな思いを込めて、星夜の膝に両足を載せると、はっとした顔で彼は私を見た。
その表情はすぐに、とろけるような微笑になる。
「励ましてくれているのか? おまえは、けなげで、いじらしいな。ちょくちょく様子を見に来るからな。仕事も、なるべく早く終わらせて帰ってくる。だから、いい子でお留守番していてな。ああ。もふもふ、すーはー……」
このままだと永遠に部屋から出て行かなそうな星夜を、いってらっしゃい、と促すため、わん、と私は大きくひとつ鳴いた。
星夜は最後まで名残惜しそうだったけれど、しびれを切らせて呼びに来た暮葉さんに連れていかれるかのように、仕事へ向かっていった。
星夜の部屋には時計がないのだ。
でも光の加減や空気のようすから、まだ朝だとわかった。
星夜は、やっぱり超多忙らしい。
暮葉さんがやってきて読み上げる分刻みのスケジュールは、聞いているだけでくらくらした。
だけど星夜にとっては日常なのだろう、顔色ひとつ変えずにスケジュールを把握しているようだった。
妖狐族との会談や、雪女たちとの打ち合わせ、果ては会社の運営や、あやかしたちの通う学校の行事など、いっぱいやることがあるみたいだけど。
天狗族との争いについてが、いま一番の関心事のようだった。
基本的には、星夜は夜澄島にいて仕事をしているのだという。
鬼神族は最も力を持つと言われるあやかしだ。それなりに力の強い妖狐族や雪女たちも、鬼神族の長である星夜と話をするとなれば向こうから出向いてくるらしい。
ひと通り、暮葉さんの説明するスケジュールを聞き終わったあと――。
「今日は仕事を早く切り上げる」
星夜がそう言うと、暮葉さんはじとっとした目を星夜に向けた。
「まさかとは思いますが、犬がいるから早く帰りたいのですか」
星夜は黙り込む。
いい加減わかってきたけれど、星夜ってたぶん……嘘をつくのが苦手だ。
暮葉さんは大きなため息をついた。
星夜は私の頭をなでなでする。
まるで精神を安定させるかのように。
「この子は怪我をしているのだ。朝昼晩と包帯も替えてやらねばならない。本来であれば俺がつきっきりで世話をするところを」
「そんなわけにはまいりません。世話の手配もしています。今回も、夕樹に。彼女ならばよろしいかと存じますが」
「夕樹に頼むのは構わない。だが、俺も仕事の合間、この子の様子を見に頻繁に戻ってくる。この子が退屈していてはいけないのでな。そして仕事を早々に切り上げ、この子に会いに戻ってくる」
「ああ。この世の宝。いつまでも大事にしたい。ずっとこの幸福が続けばいいのに」
「貴方様の犬好きには、まったく困ります……」
そして。
暮葉さんが出て行って、星夜も仕事の支度を終えたようだった。
「それでは、行ってくる」
障子の前に立つ星夜を、私は見上げる。
星夜は別れがたそうな表情をしていた。
「夕樹がもうすぐ来るであろう。夕樹は暮葉の妹で、鬼神族では珍しく、犬を可愛いと思える心の持ち主だ。困ったことがあれば何でも伝えるとよい。……しかし。しかし」
星夜は急にしゃがみ込むと、頭を抱え込んだ。
「俺にやるべき仕事があるために、おまえと一時とはいえ離れてしまうなんて、俺はなんと罪深い。ああ、おまえとともにいたい……もふもふしていたい……」
大丈夫だよ、そんなに気に病まなくても……。仕事なんだし。
そんな思いを込めて、星夜の膝に両足を載せると、はっとした顔で彼は私を見た。
その表情はすぐに、とろけるような微笑になる。
「励ましてくれているのか? おまえは、けなげで、いじらしいな。ちょくちょく様子を見に来るからな。仕事も、なるべく早く終わらせて帰ってくる。だから、いい子でお留守番していてな。ああ。もふもふ、すーはー……」
このままだと永遠に部屋から出て行かなそうな星夜を、いってらっしゃい、と促すため、わん、と私は大きくひとつ鳴いた。
星夜は最後まで名残惜しそうだったけれど、しびれを切らせて呼びに来た暮葉さんに連れていかれるかのように、仕事へ向かっていった。