そして、散歩のあと。
 星夜の部屋で。

「可愛い、可愛い、可愛いぞ」

 私は星夜の着せ替え人形……いや、着せ替え犬になっていた。
 着せられるのは、服ではなく首輪だけれど……。

 最初こそ首を振ってちょっと抵抗してみたりしたけれど、星夜は星夜でしぶとく何度でも首輪をつけようとしてくる。
 いい子だから、絶対に可愛いから、と。
 熱量に押し切られ、もういいやと諦めた……。

 畳の上には、試着のための首輪がずらり。

 ちなみに和室の押し入れには、他にも首輪やらブラシやら、犬用の道具が大量に詰め込まれていた。
 飼えないとわかっているはずなのに。用意周到すぎない?

「おまえは奇跡的な存在だな。どの首輪も、軽く着こなしてしまう」

 星夜は興奮し通しだ。

「これはどうだ。先ほどの桜色に似ているが、こちらは少し濃く、リボンとフリルも多い……可愛いな。なんとも言えない可愛さだ。抱き締めたい……ほら、次の首輪だ。爽やかな水色……おお、なんと似合うことか。おまえの凛とした佇まいがさらに引き立つな……極上の組み合わせだ」

 星夜は、首輪をつけては一眼レフのカメラで写真を撮り、私を過剰に褒めたたえる。
 私はもう……されるがままだ……。

 結局、首輪は水色のものになった。
 シンプルなデザインだけれど、首もとには品のいいリボンがちょこんと乗っていて、なかなかに可愛い。

 首輪をつけられる、この感じ。
 ちょっと窮屈で、慣れないけれど……。

「ああ。この世の宝。いつまでも大事にしたい。ずっとこの幸福が続けばいいのに」

 星夜の喜びようを見て……まあここにいる間は我慢してもいいや、と思ったのだった。
 犬のアクセサリーみたいなものだろう。
 人間に戻ったら、自分の手で外すこともできるだろうから。

 ……昨日の日没、完全な犬のすがたになって。
 次に完全な犬のすがたではなくなるのは、四日後の明け方。
 それまでに、どうにかして逃げなければならない。

 私が人間だとバレてしまったら、大変だ。
 それに。お姉ちゃんをはじめ、家族はさぞかし心配しているだろう。

 でも……私が首輪をつけただけで大喜びする修羅の鬼神さまのそばにいると、この時間も、けっこう悪くないなって思えてきてしまって……。

 逃げなければならないはずなのに、逃げようという強い意志が、どうにも、失せてくるのだった。