戻ってきた星夜は、木製の箱を持っていた。
 薬の匂いがする、と思ったらやっぱり医療用の道具が入っていたようで、彼は私の傷の手当を始めた。

「痛いだろうが、我慢してくれ……いい子だからな……」

 薬はしみたし、折れてはいないものの後ろ足も捻挫したみたいで、痛かった。
 けど、真剣そのものの彼のようすを見ていると、堪えることができた。

 手当がすべて終わると、星夜は感極まったように私を抱きしめて、頭といい全身といいわしゃわしゃと撫でた。

「なんといい子なのだ、おまえは……! さぞ痛かっただろうに、耐えてこの俺の治療を受け入れてくれた。ありがとう、ありがとう、よかった……このまま手当を続ければ、じきによくなるはずだ……」

 じっとして治療を受けるだけで、こんなに褒められるなんて……私が人間のすがただったら、こうはいかないだろうな。
 小学校低学年のころ、保健室で怪我の応急手当をしてもらったときも我慢できて偉いねとは言われたけれど、ここまで熱烈には褒められなかった。

「さて、ではおまえの好きなことをしようか。散歩……は、その足では歩くのは難しかろう。しかし、おまえが散歩したいというのであれば、この俺じきじきにだっこして連れていってやろう。道中で、俺の用事も済ませなくてはだが……。どうだ? 散歩を嫌う犬というのは、あまりいないが……しかし俺はおまえの意志を尊重するぞ。どうしたい?」

 ……犬にここまで真剣に話しかけるなんて、おかしなひとだ。
 ほんとうに、犬に気持ちが通じると思っているのだろう。

 でも、本物の犬たちも、たとえ言葉をすべて理解できなくとも彼の真摯さを感じとることはできるのかもしれない……星夜は、犬に好かれるのだろうな。

 散歩……かあ。
 だっこされるというのは、少し照れるけれど……かの有名な夜澄島の内部に入れるなんて、そうない機会だ。
 好奇心がうずいていた。

 わん、と私は星夜を見上げて鳴いた。
 彼は、破顔して笑う。

「そうかそうか、行きたいか。では、連れていってやろう」

 星夜は私をひょいと抱き上げる。
 視界が一気に高くなる。

「おまえは軽いな、まるで天使の羽のように軽い。いや、違うか。おまえという存在がそもそも天使なのだからな。はははは。愛いやつめ」

 ……なにを言っているんだろう? 意味不明だ。
 訝しんで顔を上げたら、彼の顔はデレデレとだらしなかった。

「天使よ……すーはーしたい。すーはーしてもよいか? よいよな? そうか、よいか、おまえはほんとうにいい子だ……感謝する……すーはー、すーはー、そしてついでに、もふもふ、もふもふ……」

 ……星夜。
 すーはーとか、もふもふとか、声に出しながら私の身体を吸っては撫でている……。

「ああ。犬吸いとは、じつにこの世の幸福よ……」

 ……犬好きのひとが犬に接してとろけているときに、理性的な思考や行動なんて求めても無駄だって、理解した。