「お気持ちはお察ししますが、星夜様。現状がギリギリなんです。里親たちに犬の近況を報告させたり犬カフェに行かれる事実を隠したり、それだって大変なんです。それ以上を求めることは」
「わかっていると言っているだろう」

 雨宮星夜は、暮葉さんの言葉を遮った。

「……そうですよね」

 暮葉さんは、静かに言った。

「星夜様。そこの白く大きな犬は――たまたま、うっかり、飼うつもりなどではないのに、誤って拾われてきてしまったのですよね?」

 雨宮星夜は、悲しそうに私を見つめたけれど……その表情は、やがて決意の色に変わった。
彼は私を抱き上げて、暮葉さんに向き直る。

「いいか、暮葉。俺はこの犬を絶対に幸せにしてみせる」
「飼う、っていうのはなしですよ」
「俺との出逢いを縁としてこの子が幸せになれるように、なんでもするということだ。まず、怪我が治るまでは俺の手元に置いておく。いいな」
「しかし、だれかに見つかって、星夜様は怪我をした犬を飼っているなどと世間に言われたら」
「怪我が治るまでの期間くらい、どうにかしろ。それが貴様の仕事だろう」

 雨宮星夜は、強い瞳で暮葉さんを睨んだ。
 迫力と威厳が、戻ってきている。

「……承知いたしました。どちらにせよ怪我をしている状態だと、里親も見つかりにくい……。しかし、怪我が治った後は里親を探す、ということでよろしいですね」

 雨宮星夜は、私の身体をぎゅっと――手放したくないと言わんばかりに、抱きしめたけど。

「……ああ」
「ただ、星夜様。いまは天狗族との重要な局面。犬などよりも、われわれ一族の使命をまっとうすること、お約束くださいまし」
「犬などとは何だ。それに、だれに向かって言っている。俺は雨宮星夜だ――負けるわけがない」
「そうでございますね。貴方様は、黒き修羅――もっとも強きお方です。戦いを厭うことなど、ありえないはず」

 戦いを厭うことなど、ありえないはず──。
 それは、恭しくも、釘を刺すような言葉だった。

 雨宮星夜は表情を変えなかった。
 暮葉さんは手を畳について深々と頭を下げて、すっと下がって障子を開け閉めし、来たときと同じ足音を立てて出ていった。