「永久花だな」
「そのようです」
「あいつくらいだ。夜澄島と神参山の距離で、すぐに気がつくのは」
「無論、星夜様を除いて」
つまらぬことを言うな、とばかりに雨宮星夜は沈黙した。
暮葉、と雨宮星夜に呼ばれるこの男性は、深々と土下座をしたがすぐに顔を上げた。
人間の身体だったら、またしても冷や汗が出ていたところだろう。
永久花。その名前も、時事ネタに疎い私だけれど知っている。
天狗族の長、飛空仙の長女、天狗族の後継ぎ候補と名高い――飛空永久花のことで、間違いないだろう。
飛空永久花は、その強烈な性格でたびたびニュースに取り上げられては、話題の的になる。昨日も「つぶやいったー」で話題になってたな……飛空永久花、「ゆーつぶ」で『人間ごときのために結界を張るのは、やっぱりめんどくさい』などと発言して大炎上、って。
まあ、人間としては一言もの申したくなるのはわかるけれど……彼女がそういう発言をするのは、人間に対してだけではないから、どこか風物詩のように諦められている節もある。
このあいだは妖狐の一族と夜の新宿歌舞伎町で喧嘩した件について『妖狐なんて、しょせんは獣。わらわが謝る必要はない』と言って炎上していたし。
その前なんか、自分の実の父親でもある飛空仙に対して、『わらわのほうが霊力が強い。お父様は速攻、わらわに長の座を譲るべき』とか言って、政治的な問題にまで発展したし……。
ただ、その華やかな美貌、その高い霊力は本物で――ひそかなファンが多いこと、社会的影響力が大きいことは、雨宮星夜と同じだ。
私は時事ネタにもあやかしネタにもそこまで興味がないから、ふーんって感じでいつも見ていたけれど……ちょっと、いいなあ、とは思う。
なんていうか……そこまで自由に生きられたら、気持ちいいだろうな、って。
自身の美貌や能力、高い社会的立場を根拠にして――。
……しかし、ほんとに。
雨宮星夜が目の前にいるだけでも精いっぱいなのに、そんな彼が、天狗族の有力な一員である飛空永久花について目の前で話しているなんて――やっぱり、とんでもない状況だった。
「して、永久花はなんと申している」
「このようなことは聞いていない。決戦が近づいてきて急に霊力を高めるなど、ズルいと」
「ズル? ……笑わせてくれるわ」
雨宮星夜は、高笑いをした――聞いているだけで背筋が凍りそうな、からからに乾いた高笑いだった。
暮葉と呼ばれる男性もおそろしいのは同じなのか、雨宮星夜が高笑いをしているあいだ、ひたすらに頭を垂れていた。
……私に向けられているものではないともちろんわかっているのだけれど、全身の毛が恐怖で逆立つ。
すると驚いたことに、雨宮星夜はすぐにそのことに気がついたようだった――彼は笑うのを急にやめると、そっ、と私の頭に手を載せる。急に、彼の殺気が和らぐ。
その手の動きはやっぱり、柔らかくて優しい。
雨宮星夜は私をなでなでしたまま、話を進めることにしたようだった。
「……ズルなどではないと、天狗族には伝えておけ」
「しかし、彼らは正当な理由を求めてくるかと……」
「正当? 我らが勝利すればそれこそが正義だ。それ以上、何か必要か?」
「……いえ。星夜様の、おっしゃる通りかと」
「わかれば、よい。……して、暮葉。この俺じきじきに、もうひとつ重要な話がある」
暮葉と呼ばれる男性は正座をしたまま、眉をひそめた。
「その犬のお話ですか? 駄目ですよ」
おお……暮葉さん、唐突に強気だ。
「そのようです」
「あいつくらいだ。夜澄島と神参山の距離で、すぐに気がつくのは」
「無論、星夜様を除いて」
つまらぬことを言うな、とばかりに雨宮星夜は沈黙した。
暮葉、と雨宮星夜に呼ばれるこの男性は、深々と土下座をしたがすぐに顔を上げた。
人間の身体だったら、またしても冷や汗が出ていたところだろう。
永久花。その名前も、時事ネタに疎い私だけれど知っている。
天狗族の長、飛空仙の長女、天狗族の後継ぎ候補と名高い――飛空永久花のことで、間違いないだろう。
飛空永久花は、その強烈な性格でたびたびニュースに取り上げられては、話題の的になる。昨日も「つぶやいったー」で話題になってたな……飛空永久花、「ゆーつぶ」で『人間ごときのために結界を張るのは、やっぱりめんどくさい』などと発言して大炎上、って。
まあ、人間としては一言もの申したくなるのはわかるけれど……彼女がそういう発言をするのは、人間に対してだけではないから、どこか風物詩のように諦められている節もある。
このあいだは妖狐の一族と夜の新宿歌舞伎町で喧嘩した件について『妖狐なんて、しょせんは獣。わらわが謝る必要はない』と言って炎上していたし。
その前なんか、自分の実の父親でもある飛空仙に対して、『わらわのほうが霊力が強い。お父様は速攻、わらわに長の座を譲るべき』とか言って、政治的な問題にまで発展したし……。
ただ、その華やかな美貌、その高い霊力は本物で――ひそかなファンが多いこと、社会的影響力が大きいことは、雨宮星夜と同じだ。
私は時事ネタにもあやかしネタにもそこまで興味がないから、ふーんって感じでいつも見ていたけれど……ちょっと、いいなあ、とは思う。
なんていうか……そこまで自由に生きられたら、気持ちいいだろうな、って。
自身の美貌や能力、高い社会的立場を根拠にして――。
……しかし、ほんとに。
雨宮星夜が目の前にいるだけでも精いっぱいなのに、そんな彼が、天狗族の有力な一員である飛空永久花について目の前で話しているなんて――やっぱり、とんでもない状況だった。
「して、永久花はなんと申している」
「このようなことは聞いていない。決戦が近づいてきて急に霊力を高めるなど、ズルいと」
「ズル? ……笑わせてくれるわ」
雨宮星夜は、高笑いをした――聞いているだけで背筋が凍りそうな、からからに乾いた高笑いだった。
暮葉と呼ばれる男性もおそろしいのは同じなのか、雨宮星夜が高笑いをしているあいだ、ひたすらに頭を垂れていた。
……私に向けられているものではないともちろんわかっているのだけれど、全身の毛が恐怖で逆立つ。
すると驚いたことに、雨宮星夜はすぐにそのことに気がついたようだった――彼は笑うのを急にやめると、そっ、と私の頭に手を載せる。急に、彼の殺気が和らぐ。
その手の動きはやっぱり、柔らかくて優しい。
雨宮星夜は私をなでなでしたまま、話を進めることにしたようだった。
「……ズルなどではないと、天狗族には伝えておけ」
「しかし、彼らは正当な理由を求めてくるかと……」
「正当? 我らが勝利すればそれこそが正義だ。それ以上、何か必要か?」
「……いえ。星夜様の、おっしゃる通りかと」
「わかれば、よい。……して、暮葉。この俺じきじきに、もうひとつ重要な話がある」
暮葉と呼ばれる男性は正座をしたまま、眉をひそめた。
「その犬のお話ですか? 駄目ですよ」
おお……暮葉さん、唐突に強気だ。