そして閉められた障子を振り返った彼の雰囲気は、私を愛でているときとは、まったく異なるものだった。
 いつもニュースで見るような、静かなのに迫力満点の雨宮星夜だった。

「――なんだ、暮葉。早朝から騒々しい」
「失礼の極み、申し訳ございません。しかし星夜様。大変なことになりました」
「入れ」

 正座したままきれいにすっと障子を開けたのは、眼鏡をかけた、表情の変化に乏しそうな男性だった。くすんだ灰色に暗い色合いの紅葉を散らしたような、渋い和服を着ている。

 昨晩、障子の向こうで雨宮星夜と会話していたのも、この男性だ。……たぶん、雨宮星夜とおなじく、力の強い鬼神族のひとりなのだろう。雨宮星夜ほどではないけれど整った美形の容姿からも、そのことがうかがえる。
 鬼神族に限らず、力の強いあやかしには美形が多い、というのは有名な話だったりする。

 かしこまった態度だけれど、どこか慇懃無礼というか、あの雨宮星夜を目の前にしているのに臆していない感じがした。

「単刀直入に申し上げます。天狗の一族が騒いでおります。唐突にこちら方の霊力が高まったと」
「そのようだな」
「……お気づきだったのですか」
「その程度のこと。とっくに気づいている」
「では、なぜおっしゃってくださらなかったのです」

 雨宮星夜は更に目を細めて、暮葉と呼ばれる男性を一瞥した――私から見ても相当迫力があるけれど、鬼神族同士ではもっと通じ合うなにかがあるのかもしれない。
 暮葉と呼ばれる男性はぞくっとしたように肩を震わせると、それを誤魔化すかのように、深々と土下座をした。

「わたくしごときが、星夜様の深きお心をお尋ねするなど、出過ぎた真似を。申し訳ございません」
「わかれば、よい」

 それがいつもの許しの言葉なのか、暮葉と呼ばれる男性は無表情のまま元の体勢に戻った。

 知ってはいたつもりだったけれど……雨宮星夜。このひとはほんとうに、鬼神族の長で、こんなにも――おそれられているんだな。

 そして――天狗族、って。
 やっぱり、巷で話題になっている鬼神族と天狗族の衝突の話――だよね。

 私は雨宮星夜の隣に伏せている。
 人間の身体だったら、全身から冷や汗がだくだく出ていたことだろう。

 ……私、いま、犬の身体だからこんなふうに聞いていられるけれど。
 というか、耳を塞ぎたくても塞げないし、耳に入れるしかないんだけれど。

 これ――ほんとうだったら、聞いちゃだめな話だよね。
 人間の、それも一般人なんかが。