鮭の切り身が浮いただけの白いお粥なんて、人間のときだったらあんまり食べたいと思えない。せめてネギでも散らしてよ、と思ってしまうだろう。
 でも、いまはすごいご馳走に感じるのだった。

 人間のときと犬のときで、自分でもびっくりするほど味覚と好みが変わる。

「食べないと傷も回復しない」

 私は四つ足で、一歩、二歩と歩みを進めた。
 目の前にはもうお粥がある。伏せて……ちらりと上目づかいで、雨宮星夜の顔色をうかがった。

 彼はあんまりにも、心配と喜びのないまぜになった、祈るような顔をしていて――私が彼のつくったお粥を食べるかどうかでこんなにもハラハラしているんだと思うと、おかしかった。

 私はゆっくりと、舌を出す。
 そっと、あたたかいお粥をすくうように舐め取る。
 ……犬に変身するようになってからもう五年以上。犬として食事をするのも、不本意ながら、もう慣れっこだ。

 ……美味しい。
 もう、とんでもなく、これは美味しい。
 鮭の豊かな風味……上質な脂身に、米の香りの残るお粥、このやわらかさ……。

 誕生日が犬の期間にかぶったときとかでないと食べない、超高級プレミアムドッグフードを超える犬の食べものがこの世にあるとは思わなかった。

「犬よ……!」

 感極まった声に顔を上げると――彼はとっても嬉しく安心したような、泣くかのような笑顔を惜しげもなく見せて、私の頭を撫でるのだった。

「えらい、えらい、おまえはえらい。食べてくれたか……これで、傷も治っていくといいのだが……!」

 ただお粥を口にしただけで、ここまで喜ばれるとは……。
 雨宮星夜は、たぶん。
 ほんとうに、底抜けの、犬好きなのだろう。

 お粥は、あっというまに食べきってしまった。
 一気に食べたら喉が渇いて、隣に置いてくれた水もぴちゃぴちゃと飲んだ。

 そのあいだずっと、雨宮星夜は愛おしそうに私を見ていた。

 食べ終わると。
 雨宮星夜は、私の身体をぎゅっと抱き寄せた。

「よく食べてくれた。おまえは世界一えらい」

 食べるだけでこんなに褒められること、あるんだろうか。
 彼の、華奢に見えたのに抱き締められると結構がっしりした腕のなかで、私はどきどきしていた。

「そして、ふかふかであたたかい……ああ、もふもふ……もふもふ……」

 全身の毛を撫でられて嗅がれる。……いま私が犬のすがただからいいけれど、これ、人間のすがたに置き換えて考えてみると、ほんとのほんとに大変な事態だ。

「おまえは、本当に可愛く、愛しい。おまえは何処からやって来たのか。……帰る場所が何処にもないのであれば、俺がおまえを飼ってやりたい。首輪もなく、倒れていたのだから、おまえはやはり護ってくれる者のいない独り身なのか――」

 雨宮星夜は、とうとうと、穏やかな声で語りかけてきたけれど。
 だれかが、早足で駆けてくる気配がして――彼は、私を優しく畳の上に下ろした。