「これも新居に持ってくの?」

「うん、その鏡がお気に入りだから。そっちのダンボールに入れて」


新しい家に住むのに、せっかくなら鏡ぐらい新しいもの買えばいいのと思いながらダンボールに詰めた。
すでにいっぱいなダンボール、隙間を見付けてパズルのように片付けていく。


「ねー、見て碧斗(あおと)!懐かしいの出てきた!」


引き出しから1枚の紙のようなものを取り出した。


「あ、それ」

「ね、懐かしいよね!昔ヒーローショー見に行った時、碧斗がくれたトレントン王子のカードだよ」


小学生の頃好きだったアニメのトレーディングカードだ。

あさひと2人で見に行ったんだ、まるでデートみたいって喜んでたっけ。自分のことながら、その考えに恥ずかしいくらいに子供だなと鳥肌が立つ。


「これも持ってこ!」

「それ絶対いらないだろ」

「いるよー、碧斗との思い出に持ってくの」


あさひがここを出ていく。

もう隣にあさひはいなくなるんだ。


「…結婚式3日前に荷造りって遅くない?」

「大きなものは持ってってあるし、あとこれだけだから」

「だからって、3日前だよ。もっとすることあるんじゃないの?」

「3日前って美容を極めるぐらいしかすることないんだよ」

「…へぇ」


見慣れたはずのあさひの部屋、何度もここへ来た。

ベッドの横にはクマのぬいぐるみ、壁には好きなアイドルのポスター、本棚には大好きな少女漫画が敷き詰められるように並べられ…ていたのにもう何もなかった。

こんな殺風景なあさひの部屋は初めて見た。

それがすごく居心地が悪かった。


「ねぇ碧斗、あれ取ってくれない?」

「ん、どれ?」

「クローゼットの上の、あの鞄」


ひょいっと手を伸ばしたら簡単に取れた。


「はい」

「ありがとう!さすが!私じゃ届かないんだよね、いつも椅子持ってきてるから」

「当たり前だろ、もうあさひより15センチも高いんだから」

「すっかり私のがちっちゃくなっちゃったな」

「それも当たり前だよ」


あの頃欲しかった身長、いつか追い越せるからって気にしてなかった。

だけどせっかく追い越した今、あさひが泣いているのを見たことがない。

泣くようなことがないから。

どうせなら泣いてほしい。

そしたら掻っ攫って、ここを飛び出していくのに。