「それ付き合ってたんじゃん」


もうプールの季節は終わってしまった。まだ泳ぎたい気分だったけど、しょうがない今日はグランドを走るしかない。50メートル走、記録目指してがんばろうと鼓舞するオレに太陽(たいよう)が言い放ったこの言葉。


「付き合ってねぇよ!そんな話あさひから聞いたことないし!」

「言ってないだけじゃねぇの、言う必要もないじゃん」

「そんな…、ことない!」


前後に開いた足の前方に重心をかけ、アキレス腱を伸ばす。太陽はストレッチもしないで話の方に夢中だった。
そんなんで途中で足吊っても知らないからなっ。


「だってさ!たとえば碧斗のにーちゃんが中学生の時の話だとして、碧斗赤ちゃんじゃん。付き合ってても知らないだろ」

「…いーや、違うね!絶対違う!」

「何の根拠もないだろ、お前の希望なだけで!」


そりゃ希望で願望で祈りだけど、今までそんな素振りさえも一切感じたことなかったし、内緒でそんなことになってたとか…っ


「ないない!付き合ってるはずがない!」


ぶんぶんと首を横に振った。邪心を飛んでけと言わんばかりに力強く。


「じゃあ、好きだったのかもよ?」


太陽がのぞき込むようにオレの顔を見てきた。

一瞬理解が難しかった言葉に、訊ねた。


「誰が?」

「あさひさんが」


……………、は?

なんだそのもっとわからない話。

あさひが?兄貴を?

あのゴリゴリな兄貴を…?


「で、オレも聞いてほしい事があるんだけど…」


太陽が何か言い掛けたけど、それ以上何も入って来なかった。

付き合ってるとしても衝撃だけど、あさひが兄貴を好きだとしても、かなり衝撃だ。

でもあのあさひの反応…!

あさひは指輪を欲しがったけど、兄貴は買ってあげなかったっていう話だった。

まさか…


「オレ、彼女出来たんだよ」


知らぬうちに太陽の話と50メートル走の順番は過ぎて、次はオレの走る番だった。

頭の中でぐるぐる回る。

わからない、とにかく今は走るしか…!


「おい、碧斗聞いてるか?相手が誰とか聞かなくていいのか?」


ずっと太陽が何か言っていたけど、心を無にしてスタートラインについた。
無我夢中で走った50メートル走は記録が良かった。