凛は潔い微笑みを浮かべて、整列している面々に向かって挨拶をした。

 感極まって涙を流す家族たち、無表情の高官たちを一瞥(いちべつ)した後、凛はゆっくりと祭壇に登った。

 そして色打掛の裾を気にしながら正座をし、少し高い場所から辺りを見回す。

 ――鬼の若殿はすぐに来てくれるのかな。

 洞窟内は隙間風が吹いていて、かなり寒かった。中に何枚も着込めるはずの色打掛だが、面倒だった凛は肌着を重ね着していなかった。

 使命を全うしてすぐに尽きる命なのだから、防寒なんてどうでもいいと着付けの時に思ったのだ。

 凛を見守っている人たちは皆、真冬の防寒着を着用しながらも白い息を吐いている。

 その時、一段と強い風が洞窟内にぴゅうと吹いた。

 砂埃(すなぼこり)を感じた凛は反射的に目を閉じる。花嫁を見守る一団からも「わっ」と風に驚いたような声が聞こえてきた。

 風がある程度収まって(まぶた)を開く凛。すると……。

 凛が正座している祭壇の目の前に、彼はいた。

 長身痩躯(そうく)で、黒い紋付き(はかま)を着ていた。ところどころ赤みがかった黒髪の毛先と袴の裾が、風でゆらゆらと揺れている。

 彼は般若の面を装着していたため、そのご尊顔を拝むことは叶わない。

 だが、全身から発せられている高貴な威圧感と伸びた背筋の美しい(たたず)まいから、崇高なる存在であると肌で感じられた。

 ――この人が、鬼の若殿。

 御年二十七歳だと政府の高官からは聞いていた。

 現在の若殿は人目に触れることを嫌っているらしく、顔はメディアでは明らかにされていない。もちろん凛も、彼の顔は知らなかった。