物心ついた頃から、凛はなぜ自分がこの世に生まれてきたのだろうと考えていた。家族に迷惑をかけることしかできない、自分が。

 しかし数カ月前交通事故に遭った時、凛の運命が変わった。

 幸い軽傷で済んだが結構な出血量だったので、輸血の可能性があり念のため血液検査をした。結局輸血は必要なかったが、その時に凛が夜血の持ち主だと発覚したのだ。

 それからは、やっと自分が生まれた意味を見出すことができるようになった。

 夜血の乙女が出た家には、政府から多額の報奨金が支払われる。大切な家族を鬼の元へと嫁がせるのだから当然なのだろう。凛がそれまでどんな環境で育ったかはさておき。

 絶縁していた親戚も『鬼の若殿の花嫁なんて鼻が高い』と、以前とは打って変わって笑顔で接してくれるようになった。

 自分が夜血の持ち主だったおかげで、家族がよい暮らしをできるようになった。今までかけていた迷惑を、やっと帳消しにすることができたのだ。

 凛は心からホッとしていた。血を吸われて死ぬらしいが、恐怖はいっさいない。やっと自分の使命を果たせるという解放感しかなかった。

 ――もう、余計なことは考えなくていいんだもんね。

 つらい生活を強いられている家族への申し訳なさも、存在意義のない自分への劣等感も。そのすべてから今日は解き放たれるのだ。

 神職からお清めのためのお(はら)いを施され、やたらと苦い神酒を飲まされた後、とうとう花嫁として祭壇に上がる時間がやってきた。

 凛の家族や政府の高官たちは、祭壇から少し離れた場所に整列している。鬼の若殿が祭壇上の花嫁を迎えに来るまでそこで見守るのだ。

「行ってまいります」