鬼はあやかしの中でもっとも勢力のある種族だ。そんな鬼の次期頭領に、稀有(けう)な存在である夜血の乙女を(ささ)げることは、現代でもあやかしが人間の支配者であることを暗に表している。

 また、現在のあやかし界の頭領は鬼ではなく龍族だが、凛が嫁ぐ次期若殿は相当な実力者らしく、次期あやかし頭領として最有力候補と言われている。

 そのため、夜血の乙女だと発覚してから、凛は傷ひとつつかぬよう周囲から丁重に扱われた。

 鬼の若殿の機嫌を損ねたら、人間たちはどんな目に遭うかわからない。生贄花嫁として最高の状態で、鬼の若殿に献上しなければならなかった。

 しかし、表向きは花嫁としてあやかしたちに盛大に迎えられるということになっているが、事実は異なっている。

 鬼の好物である血の乙女。きっと献上されれば、鬼に血をすべて吸われてしまうだろう。

 人間界では、生贄花嫁の末路はそういう認識で通っていた。

 つまり、生贄花嫁の凛は鬼の若殿に血を吸われ、今日にも命を落とす。

 しかし凛は、そんな自分の運命を素直に受け入れていた。なぜなら、やっと自分の生まれてきた意味がわかったのだから。

 生贄花嫁の儀式に参加する花嫁の家族や、政府の高官、神職の一行は洞窟内部の開けた場所まで進むと、足を止めた。

 そこには生贄花嫁が登る簡素な造りの祭壇が設営されていた。

「とても綺麗よ、凛」
「そうだなあ、ここまで育ててきたかいがあったよ」
「お姉ちゃん、よかったね」

 祭壇の前で、凛の父母と妹が涙ぐんだ声で言う。長女の晴れ姿に、心から感動している様子だった。