気になって、それが見えた場所へと凛は近づいたが、そこには誰の姿もなかった。見間違いかと、すぐに作業に戻ろうとする。

 しかし立ち去る間際に、それを発見した。

「花……?」

 紫やピンク、白の花が束になって置かれている。花の直径は、どれもだいたい五センチくらいだろうか。茎は十センチほどの長さに切り(そろ)えられていた。

 明らかに人の手によるものだった。誰かが花を摘み取り、束にしてこの場所に置いたのだ。

 ――いったい誰が? なんのためにここに花を置いたのだろう。

「確か、桔梗(ききょう)……だったかな」

 この辺で自生していて、よく見る花だったので知っていた。

 星のような形の愛らしい花弁。浴衣や着物の柄でも定番であるため、控えめな和の印象があるが、とても美しくかわいらしい花だと思う。

 凛は花束を手に取った。どこか優しくさわやかな香りが鼻腔(びくう)をくすぐる。その匂いと花の美しさは、凛に清々しさをもたらした。

 まるで凛の陰鬱な気持ちを浄化させてくれるような、安らぎを与えてくれるような。

 しばらくの間、洗濯のことも忘れてただじっと桔梗に見入っていると。

「ちょっと! なにサボってんのよ!」

 家の中から金切り声が響いてきて、びくりと身を震わせる。

 吐き出し窓から蘭が身を乗り出して、忌々しげに凛を(にら)みつけていた。

「す、すみません……!」

 凛は慌ててそう言うと、洗濯物が散乱している場所へと駆け戻る。

 桔梗の花束たちは、エプロンの大きな前ポケットに慌てて入れてしまった。

 結局その後、洗濯を終えるのが遅かったという理由で食事は抜かれてしまった。