凛の言葉にかぶせるように、やや強い口調で伊吹は言った。

 心を射貫かれるように見つめられ、凛はたじろぐ。こんなふうに断言されたら、もしかするとそうなのかもしれないと思えてしまう。

「花嫁……。私が、伊吹さんの」

 半日前までは死を待っていた自分の予想外の状況が信じられず、凛はかすれた声でそう(つぶや)く。

 するとそんな凛を、伊吹が優しく抱きしめる。

 性的なものはいっさい感じさせない、慈愛に満ちた抱擁。

 物心ついた頃から凍てついている自分の心が、じんわりと溶かされているような感覚に凛は陥る。

 そして次の瞬間、凛の頬に温かいものが優しく触れた。伊吹の唇だった。

 本日二回目の頬への口づけは一度目よりも熱く感じ、心の奥底まで伊吹の温もりが入り込んできたような気がした。

「本当は君の唇に触れたいところだがな。今日はこれで我慢するよ。おやすみ、凛」

 そう言うと伊吹は、ぽかんとする凛の頭を優しく()でてから布団をかぶった。

 凛はしばらくの間ぼんやりとした後、伊吹に倣って彼の隣の布団に潜り込む。

 血を吸われて死ぬはずだった自分が、鬼の若殿に愛される花嫁として、同じ寝室で寝ている。そんな自分の状況が信じられず、凛はなかなか寝つけなかった。

 しかしいろいろあって体が疲れていたのか、いつの間にか深い眠りについていた。



※こちらは書籍版の試し読みになります。続きは書籍版で。