室内は、間接照明がひとつ点灯しているだけで、ほの暗かった。

 並べられた二組の布団。その先の窓際に伊吹は座り、障子を開けて夜空を眺めていたが、凛の方を向き無言で微笑む。

「……お風呂をいただいて参りました」

 おずおずとそう告げて、凛は恐る恐る中へと入り、後ろ手で襖を閉める。

 それからはどうしたらいいのかわからず、その場に立ち尽くした。

「おいで」

 そんな凛を見つめながら、伊吹が誘う。

 喉が渇いた凛は、ごくりと唾を飲み込んだ。そして引き寄せられるように、伊吹の方へと歩み寄る。

 彼はその間に立ち上がっていて、寄ってきた凛を力強く抱き寄せた。

 ――やっぱりそういうことになる、よね……。

 これから、きっと想像していた通りのことが起こるだろう。受け入れてはいたけれど、初めてのことなのでやはりひどく緊張してしまった。

 浴衣越しに伝わる伊吹の体温を感じながらも全身はがちがちに硬くなり、瞼をぎゅっと閉じた。

 そんな凛の頬を、大きく温かい手のひらが包んだ。

 口づけされる。そう覚悟し、一段と凛は体を強張らせた。だが……。

「……ふ。はははっ」

 凛の鼻先で伊吹が突然噴き出した。予想外の事態に、凛は思わず目を見開く。

 伊吹は目に涙を浮かべながら笑っていた。おかしくておかしくて仕方がない、という様子だった。

「伊吹、さん……?」

 首を傾げると、伊吹は笑いを一段落させて、こう言った。

「だって、凛が死ぬほど緊張している様子がおかしくておかしくて。なに、ちょっとからかってやっただけだよ。今日君をどうこうするつもりは、元よりないさ」
「え……?」