すべてが、凛の中にあった〝お風呂〟という概念とは異なっていた。

 なんて優しくて心地いい空間なのだろう。

 だが、同時に『私なんかがこんなにいいお風呂に入っていいのか』と、やはり感じてしまう。

 今日、自分は与えられた使命を全うして、死ぬはずだった。自分もそれを心から受け入れていた。それなのに、なぜのうのうと生きながらえているのだろう。

 しかし、生贄花嫁として献上されたことには変わりがないということにも気づく。もちろん、献上後の扱いは予想外のものではあったけれど。

 ――家族の役に立つことはできた……よね。

 洞窟の中でひと悶着(もんちゃく)あった後、伊吹はすぐに凛をあやかしの国へと連れ去った。

 人間たちは、凛がその後どうなったのかは知らないはずだ。きっと、鬼の若殿に血を吸われて息絶えただろう、と思っているに違いない。

 ということは、凛の家族は夜血の乙女を生贄花嫁として捧げた一族として、政府からの恩恵はしっかりと受けているだろう。

 一般的な日本国民の生涯年収の五倍以上とも言われる報奨金を得ているはずだ。

 ――それなら、私は使命をちゃんと終えている……?

 凛は初めて『もしかすると、私は死ななくてもいいのでは』ということに気づいた。まだ、生きていても許される存在なのでは、と。

 それはもしかしたら、伊吹のちょっとした気まぐれなのかもしれない。

 かわいそうな人間の女に、少し夢を見させてあげようと考えた彼の、暇つぶし。遊びに飽きたら、やっぱり血を吸いつくされてしまうのかもしれない。

 だから伊吹の花嫁としてここで末永く暮らすなんてこと、考えない方がいい。