家族に文句を言われないように(りん)が念入りに洗い上げたはずの洗濯物は、無残に庭先に散乱していた。

 その中の一枚をこれ見よがしに踏みつけながら、凛の二歳下の妹である(らん)がほくそ笑む。

「あーあ、汚れちゃったわね。もう一回洗い直して、さっさと干してよね」
「…………」

 時間をかけて綺麗(きれい)に洗い上げた洗濯物の変わり果てた姿に、凛は思わず言葉を失ってしまう。しかし……。

「なによ、返事は」
「……はい」

 凛はやっとのことで声を絞り出した。

 十歳の凛にとって、家族四人分の洗濯はなかなかの重労働だった。

 洗濯機を回すだけの作業ではないのだ。母や妹のお洒落着(しゃれぎ)は丁寧に手洗いをして陰干しし、靴下などの汚れやすい衣類は、余洗いで汚れを浮かせてから洗濯機に入れないといけない。

 手順をひとつでも忘れたり誤ったりしたら、家族に恫喝(どうかつ)され、食事も抜かれてしまうのだ。

 だからいつも通り、丁寧に確認しながら凛は洗濯を進めた。

 あとは籠の中に山盛りになった洗濯物たちを、庭の物干しざおに干すだけだった。

 しかし、蘭の気まぐれによって洗濯籠はひっくり返されてしまった。数々の洗濯物は洗う前よりも汚されてしまい、一からやり直さなければならない。

 ――早くしないと。

 蘭のこんな行動はよくあることだった。理不尽とは思わない。家族からどんな仕打ちをされようとも、そう思ったことなどいまだかつてない。

 生まれながらにして家族に迷惑をかけている自分は、そうされて当たり前なのだ。

 洗濯物を拾い集めていたら、庭の隅で赤黒いなにかが動いたように見えた。