国茂(くにしげ)、帰ったぞ」

 玄関に入ってすぐに伊吹がそう声をかけると、長い廊下の奥からかわいらしいあやかしがとてとてと歩いてきた。

 尻尾が幾重にも分かれた、猫又(ねこまた)というあやかしだった。

 ふわふわの被毛の上に、作務衣を着てたすき掛けをしている。黒白のハチワレ柄でくりくりとした瞳が愛らしい。

「お帰り、伊吹。……あっ、その子が花嫁?」

 国茂と呼ばれた猫又は、おそらく伊吹の従者なのだろう。しかし伊吹にへりくだる様子はなく、まるで友人のような言葉遣いだったので、凛は意外に思った。

「ああ、そうだよ。連れて帰ると話していた子だ」

 伊吹は国茂の態度を気にした様子もなく、朗らかに答える。いつもふたりはこんな感じらしい。

 国茂は凛をマジマジと見ながら、こう言った。

「へー、この子がねえ。初めて見る顔だな」
「それはそうだ。凛は人間だからな」
「えっ、マジで!?」

 国茂は、ただでさえふさふさの尻尾の毛をボワッと爆発させた。どうやら大変驚いたらしい。

「ああ、マジだよ。先ほど頬に口づけをしたから、人間の匂いは消えているだろうけどね。そういうわけだから俺と同じように……いや、俺以上に丁重に扱ってくれ。人間の体は(もろ)いからな」

 国茂は目を細め、凛を頭のてっぺんから足の先まで観察するように眺める。

「うーんそうかあ、人間かあ……。うん、わかったよ。凛ちゃん、僕は伊吹の従者の国茂だ。身の回りの世話をするから、困ったことがあれば遠慮なく申しつけておくれ」
「あ……。は、はい」

 国茂にいきなり話を振られ、ぼんやりとふたりの会話を聞いていた凛が慌てて返事をすると。